その時点で余命は1カ月程度だと思っていた。
「ホスピスを探してください」
ぼくは静かにゆっくりと、患者さんに言葉を伝えた。診察室で泣き出す母親。本人の瞳にも動揺の色が浮かぶ。
「もうほかに手がないんでしょうか?」
ハンカチで涙を拭い、深呼吸をしてから母親はぼくに尋ねた。
「そうですね、治験のレベルになりますが」
Tさんは30代の女性。悪性黒色腫の多発転移があり、オプジーボをはじめすべての抗癌剤を使い尽くした状態であった。腫瘍の増大を反映するLDHはみるみる上昇し、明らかに衰弱していた。
「費用はかかりますが、検査でできるところまでやってみましょう」
そう言いながら、できることはほぼすべてやりきってしまった後という事実を、主治医である自分が一番よくわかっていた。諦めてはいけない。でも、無駄に苦しめてもいけない。ターミナルの患者さんと向き合う瞬間はいつも大きな葛藤が自分を襲う。
残り534文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する