定年後は名誉教授の称号を授与していただけるようだ。世間では、たいそうなものと勘違いしている人もおられるみたいだけど、もらうのはたいして難しくはない。大阪大学の場合、「教授として満15年以上勤務して退職し、教育上又は学術上功績のあった者」が対象となっていて、一応の選考がありはするが、ほとんどの場合は認められる。
ただ、在職中に何らかの処分を受けていたらダメという不文律があるらしいので、無事これ名馬、ならぬ、無事これ名誉教授といったところだろうか。すごい特典があるという訳でもないのだが、図書館の利用と、これまで使っていたメールアドレスを継続利用させてもらえるのはありがたい。
部屋の片付けを始めていると、なつかしい手紙や書類、写真が出てきてびっくりする。どういう状況でもらったのかわからない手紙がいくつかあった。1枚だけだが、まったく知らない女の人とうれしそうに写っている写真もあった。う~ん、大丈夫か……。
基本的にストックよりもフローで生きているタイプなので、昔やった仕事、特にやらされた仕事についてはあまり覚えていない。しかし、振り返ってみると、よくこれだけ雑多な仕事を引き受けてきたものだと我ながら感心だ。けっこう働き者やったんや。
思い残すことは何もないといっていいほどなのだが、定年になって残念に思うことがひとつだけある。それは教授室からの景色を見られなくなることだ。阪大医学部のある大阪大学吹田キャンパスは、1970年にあった大阪万博の会場のすぐ北側にある。
季節によって木々が彩りを変えるその跡地、万博記念公園が足下に広がり、太陽の塔の背中と、日本一の大観覧車がすぐそこに見える。遠くに大阪平野を見晴るかすことができて、大阪市内のビル群のスカイライン、これも日本一の高さを誇るビルであるあべのハルカスなどもきれいに見える。
めったにないのだが、天気が良くて空気の澄んだ日は、奈良との県境である生駒山越しに高い山々の頭が見える。長い間、なんという山か気になっていたのだが、スマホのアプリで調べると、近畿最高峰の八経ヶ岳(1915m)のようだ。素晴らしいやんか。
とても気に入っているので、他の先生とは違い、窓の方へデスクを向けて座っている。なんとも贅沢な毎日だったが、20年近く見慣れた景色とももうお別れだ。
なかののつぶやき
「教授室から見える太陽の塔の後ろ姿と大観覧車。空気の澄みきった日には、太陽の塔の顔のすぐ右上くらいに八経ヶ岳が見えます」