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未来への負債 その2─Life is short[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(398)]

No.5109 (2022年03月26日発行) P.67

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2022-03-23

最終更新日: 2022-03-22

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人生を振り返ると、ちょっと生き急ぎすぎたかと反省する時がある。しかし、これには理由がある。父親が、私が生まれて7カ月の時、35歳で亡くなっているために、きっとそれくらいで死ぬと思い込んでいたからだ。

生き急ぐという言葉にはすこしネガティブなイメージがあるが、その時、その時を懸命に生きるということでもある。医学部の学生時代、他の学部へ進んだ友人に比べると、ずいぶん勉強する量が多かった。しんどいなぁと思った時、将来に楽をするために頑張ってるんや、これは未来への負債を先に返しているんやと自分を慰めていた。

市中病院に勤めていた時は、連日けっこう忙しかった。一方で、50歳半ばを越えた何とか局長などの先生はやたらと暇そうで、昼から囲碁を打ったりしておられた。心底うらやましかった。少しでも早くああいうポストに就くために一生懸命がんばろうと思った。やや倒錯しているが本当の話だ。

研究を始めた頃、「どうしてそんなに働くのか」と聞かれ「早く楽になりたいから」と答えたことがある。その質問をされた先生には、いまだに、おかしなことを言う人と思ったとからかわれる。しかし、本当に、未来への負債を返したら、早くに楽になれるはずだと思い込んでいたのだから仕方がない。

若いころからずっとそんなことを考えていたのだから、定年でスッパリと仕事を辞めて隠居するのは、自分にとっては当たり前すぎることなのだ。63歳の定年が2年延長になったとき、ゴールテープが遠のいたようで、なんだかえらく悲しかった。

50歳を過ぎた頃から遊びにも精を出すようになったのは、そろそろ未来への負債としてがんばった分を取り戻す時期が来たと考え始めたのが一因である。でないと一生、元を取れないかもしれないではないか。それ以来、歳をとるにつれ、人生が予想以上に楽しくなってきたのは嬉しすぎることだ。

“Life is short”を口癖にする英国人研究者と、仕事をいつまでも続けるほど人生は長くないと意見が一致したことがある。数年前、久しぶりに再会して、お前も予定どおりにリタイアするのかと尋ねたら、意外にもNoと言う。どうしたんだと聞くと、歳をとってから子どもができたので、そんな訳にはいかないとのこと。幸か不幸か、私はそのような境遇にない。未来への負債を取り戻しきれるかどうか、それだけが問題だ。

なかののつぶやき
「定年での最終講義、なんだか面倒だし、やめておこうかとずいぶんと悩みました。でも、やらないとなると、その理由をいちいち説明しないとあきません。それが邪魔くさい、というとても消極的な理由で、結局はやることに。とはいえ、けっこうおもろくてためになる話になってると思いますので、興味のある方は【仲野徹×最終講義】で動画検索して見てやってください」

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