No.5115 (2022年05月07日発行) P.58
草場鉄周 (日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)
登録日: 2022-04-19
最終更新日: 2022-04-19
ロシアによるウクライナ侵略は75年の平和に慣れきった我々日本人にも大きな衝撃を与える出来事だった。独自の歴史観に基づいて勢力圏を設定して他国の領土に侵攻するのは、まさに戦前の日本が中国東北部に侵攻して満州国を建国し、さらには中国を侵略した構図と変わらず、人間は同じ間違いを繰り返し続けるのだと憤りとともに悲しさすら感じる。
とは言え、戦火の中で最大の被害を受けるのは民間人であり、その民間人の健康を守るためにウクライナの多くの医療従事者は必死で救援活動を継続している。膨大な死傷者の数の背後には見えない膨大な救援活動があると考えてよい。その一翼を我々家庭医の仲間もウクライナで担っている。
WebニュースメディアのWedgeにて福島県立医科大学地域・家庭医療学講座の葛西龍樹先生が報告されているように1)、世界家庭医機構・ヨーロッパ地域学会ではウクライナの家庭医パブロ・コレスニク医師からロシアの侵略後の人々の健康状態と医療支援の現状が講演された2)。
詳細は葛西先生の記事にあるとおりだが、たくさんの避難民が押し寄せる状況の中で、糖尿病、高血圧、不安障害やうつ病、さらには甲状腺機能低下症の薬剤が決定的に不足していること、そして包帯、ガーゼ、止血剤、シーネなどの医療材料も底を尽きつつあることが報告された。国境を接するハンガリーなどから物資の支援が提供されつつあるが、移送にあたっては安全性も含めて様々な困難があるようだ。
ヨーロッパの家庭医の団体からは金銭や物資の支援だけでなく、診療に取り組むウクライナの研修医に対する創傷治療や燃え尽き予防などのためのオンライン教育の提供、ヨーロッパ諸国に逃れてきた難民への医療提供なども議論された。国境を越えて、家庭医同士が連帯感を持って支援に取り組む様子を見ると、重苦しい現実の中に一条のすがすがしい光が差し込む感がある。
距離や言語の問題もあって、日本からの支援は容易ではないが、私ども日本の家庭医、総合診療医も常に関心を持ってウクライナの状況を追い続けたい。今こそ世界中の家庭医の良心と連帯感が問われている。
【文献】
1)https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26166
2)https://www.youtube.com/watch?v=T1UzkfzuV8A&feature=emb_title
草場鉄周(日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)[総合診療/家庭医療]