元々外科医である私が昭和48年、ニクソン訪中時の鍼麻酔の報道に興味を持って鍼にのめり込み、今は「鍼が本業」のようになっている。その中でも忘れられない一例を紹介する。
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昭和60年前後の11月頃、夜半に急患があった。70歳位の女性。喘息歴10年以上で、当日ステロイドの点滴注射を受けたが効果がないので来院したという。軽いチアノーゼがあり、聴診で喘鳴はほとんど聞こえない。喘息の治療は私にはまだ未経験であった。
私の鍼治療法の原則に「症状のある場所を通る経の上の、膝・肘より末梢のツボを治療する」という、単純な方法がある。患者さんは、腎経の通る胸骨周辺が最も辛いという。長時間かかる鍼通電は無理そうなので、手軽なツボ注射でと考え両足腎経の「然谷」にビタミンB1約0.1mLを注射した。
注射した途端に、患者さんは「あー、楽になった!」と叫び、同時に隣室でも聞こえそうな猛烈な喘鳴が始まった。「これぞ喘息の重積発作!」と直ちに納得した。翌朝患者さんは「久々によく眠れた」とご満悦で、以後2、3日鍼通電を行い、無症状となって退院した。退院後2、3回、また年末近くにも、軽い発作が起こったが鍼通電で簡単に治まり、以後来院しなくなった。
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この例の2、3カ月後、旅行者の喘息発作の急患があった。迷わずビタミンB1を同様に注射して発作は即座に治まり、患者さんから「こんなによく効いた注射は初めてだ」と驚かれた。これを機に、然谷・間使・列欠の3穴が私の喘息治療の定番となり(図)、数多くの症例を経験した。例外なく即座に著効が得られたが、気管支喘息以外への効果は程度も持続も著しく劣ることもわかった。
鍼治療は「ツボに刺した鍼を介して刺戟する治療法」である。細い注射針をツボに刺して「注射で刺戟」すれば、ツボ注射となる。これは疑いもなく鍼の一変法である。原理は異なるが、手技自体はトリガーポイント注射と似ていて、簡便・安全である。薬剤は皮下・筋注が可能なものならば薬理効果にかかわらず何でも使え、ツボを少々外れてもかなりの効果がある。医師には注射ならば抵抗感も少ないと思う。手軽な鍼治療としてお試し頂ければ幸甚である。
【参考】
▶ Watanabe H:Easy Method of Acupuncture Based on Meridian Theory. Book Way, 2019, p121, 190, 209.