本連載の最初の原稿(No.5157)に書いたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が広がったことで、大きな影響を受けたのが病理解剖だ。検査がなかなかできず、ワクチンもない2020年ごろは、病理解剖は感染の危険性ありとして、空調設備や動線の確保など、よほどしっかりしている病院以外はなかなか解剖を行えなくなった。
あれから3年。いよいよCOVID-19は5月8日から5類感染症となり、エンデミックのステージに近づきつつある。そんな状況の中で、病理医の間から不安の声があがっていた。5月8日以降、病理解剖をどうすればよいのか。感染症法上の位置づけが変わろうが、ウイルスが変わるわけではない。扱いによっては感染のリスクを負い続けるのではないか。
こうした中、4月27日に日本病理学会がようやく指針を公表した。「具体的な感染対策については個人や事業者の判断に委ねる」という。
国立感染症研究所が公表した文章によれば、個人防護具(personal protective equipment:PPE)の着用に加えて、飛沫対策として目の防御具の着用とN95マスクの着用が望ましいとしている。
通常の感染対策でよいということではあるが、問題はその通常の感染対策がおざなりになっている施設が多いことだ。
病理解剖は診療報酬の対象外となっている。病理解剖をすると、1回25万円ほどの費用を施設が捻出する必要がある。このため、施設には解剖を行う剖検室に予算をかけるインセンティブが働かない。日々の診断に多忙な病理医も、解剖業務を増やす余裕はなく、剖検室の整備に時間をかける気にならない。
2020年以前には、剖検室にN95マスクを常備しない病院も少なからずあった。さすがに現在では改善されたと信じたいが……。
こうして剖検室の感染対策はある種のエアポケットの中にある。
確かにCOVID-19の感染対策はこれでよいと思われるが、病理解剖時の感染リスクはこれだけではない。結核をはじめとして、様々な病原体の感染のリスクを常に負っている。「結核に感染したら一人前」などと言われた時代からは遠くなったと思われるが、パンデミックの3年間を病理解剖の感染対策の向上に使えず、時間を浪費しただけだったとしたら、忸怩たる思いを抱かざるを得ない。
これも日本では死因究明が重視されていない「死因不明大国」を表す1つの「症状」なのだろう。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[感染対策]