1902年にコナン・ドイルが発表した『バスカヴィル家の犬』(深町眞理子訳、東京創元社刊)は、ホームズやワトソンの留守中に訪ねてきた医師が忘れていったステッキをみて、その医師がどんな人物かを推理する場面で始まる。
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そのステッキは上質のがっしりした木製の品で、握りの下に巻かれた帯には「王立外科学会会員ジェームズ・モーティマーへ、C.C.H.の友人たちより」という銘刻があったのである。
このステッキをみたワトソンは様々な推理を展開するが、彼の推理で当たっていたのは「田舎の開業医として、日々往診のために相当の距離を歩きまわっている」ということぐらいだった。それに対してホームズは、このステッキが医師への贈り物とすれば、病院からとみるほうが自然で、そうすればC.C.H.もチャリング・クロス病院を意味すると考えるのが妥当だろうと推理する。また、こういう贈り物がなされるのは、「このモーティマー博士が、病院勤務を辞め、独立して開業するというようなときに決まってる」。
そうならば、この医師が幹部職員だったとは考えにくい。というのも、「医者としてロンドンで一定の声価を確立していなければ、そういう地位に就くことはできないし、またそれほどの人物が都落ちするはずもないからだ」。
ホームズはこのように推理して、ステッキの持ち主を「まだ30にもならない、野心とは無縁な好人物」と結論するのだが、そのように結論した根拠については次のように説明している。「およそこの世で好人物でもなきゃ、友人から記念の品なんか贈られるはずはないし、野心のない人間でなきゃ、せっかくのロンドンでのキャリアを捨てて、田舎にひっこむはずなんかない」云々。
ほどなくホームズの推論はかなりの部分で正しく、また、この医師は「慈悲の化身とでもいった気配」を漂わせる医師であることが判明するのだが、彼はホームズの頭をみるや「みごとな長頭形頭蓋骨」と感嘆して、その頭蓋骨を欲しがるような医師でもあった。
それを聞いたホームズは、「専門のこととなると、夢中になるお人柄のようだ」と推理しているのだが、実際この医師は発掘調査で先史時代の頭骨をみつけて有頂天になるような考古学マニアでもあった。そのため彼は「かくもひたむきに一つ事に熱中できる人間というのも、めったにあるまい」と羨ましがられる一方で、田舎の住民からは「専門分野での造詣はたいしたものです」「これまでなにくれとなく気を配ってくれていて、ようすを見に訪ねてこない日は、一日たりとない」と、優れた臨床医としても高く評価されている。
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モーティマー博士のように医師としての技量は確かだが名利には恬淡として、人柄や面倒見もよくて医学以外に没頭できる趣味を持つというのは、自らも医師たるコナン・ドイルが理想とする医師像だったのかもしれない。