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「老化」についての雑感[エッセイ]

No.5171 (2023年06月03日発行) P.64

野間重孝 (済生会宇都宮病院院長)

登録日: 2023-06-04

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先日、母校の研究会で東京大学の中西 真先生の老化に関する講義をうかがい、感じるところがあったので、感想を書かせていただこうかと考えました。もちろん、わたしにとっては専門外の問題であり、あくまで雑感であって、不正確な部分が混じってしまうかもしれないのですが、ご笑読、ご寛読いただければ幸いです。


わたしたち医師は日々様々な疾病の診断・治療を行っています。糖尿病に対して血糖降下薬を投与する、狭心症に対してPCIを行う。みなさんそれぞれの分野で頑張り、治療・研究を進めています。しかし、そういった各論的な問題の根底に「老化」という問題があることは、誰もが意識していながら問題にしてきませんでした。問題にしてもどうにも仕方のない事柄として、あえて取り上げられることがなかったのです。ところが、最近の分子生物学分野の進歩により、老化のメカニズムにメスが入ってきました。

まず、わたしたちは誰しもが生まれ、成長し、歳を取り、最後には死を迎える、そうしたパターンを当たり前と思ってきました。しかし、これは当たり前ではない、という指摘がまずなされました。何種かの動物では老化という現象がみられないのです。わたしたちがよく知るところの代表としては、ゾウとカメでしょう。よく「亀は万年」などといいますが、本当にカメには老化がみられないのです。これは次の衝撃的な事実に結びつきます。老化と死は別の因子によって支配されているのであって、死は老化の結論ではないのです。


一般に、老化はDNAの劣化によるものと漠然と考えられてきました。ところが、DNAの塩基配列のコピーミスというのは109回に1回程度起こるか起こらないかという稀な現象で、しかも、そうしたミスが起こった細胞は免疫系の攻撃対象となって消滅します。しかし、DNAの構成要素であるシトシンのメチル化は比較的頻繁(103回に1回程度?)に起こるとされています。シトシンの5位のHがCH3に置き換えられてしまうわけです。このメチル化シトシンが老化と強く関係しているらしいということがわかってきました。もっとも、ただそれだけならば「フ~ンそうなのか」で終わってしまうところなのですが、先があります。メチル化シトシンを構成要素とした細胞も、当然のように免疫系の攻撃対象となります。ところが、ある経路によって生まれたメチル化シトシンを含む細胞はなぜか免疫系の攻撃対象とならない、ということがわかってきたのです。この劣化した細胞が蓄積していくことが老化、ひいては疾病の発生に繋がります。つまり、わたしたちは老化するべくプログラムされていたというわけです。


人間は生まれ、成長し、やがて生殖期を迎えます。人間の場合、他の動物と違って、生殖を終わってもかなり長く生きています。これは人間の成長を考えたとき合目的的です。子どもが育って独り立ちするまで、人間の場合20年近くかかるからです。

みなさん、馬の出産シーンをテレビなどでご覧になったことがあるでしょう。生まれて1時間もしないうちに立って歩き出していますよね。これに対して人間は生後1年近くなってようやくヨチヨチ歩きができる程度です。つまり、生物学的に子孫を残していくために、人間は生殖期が終わっても集団の構成員として働く必要があるわけです。しかし、子どもも育ち、集団の労働力としてもそろそろくたびれてきた頃になると、人間(生物学的には)はやることがなくなります。この一群のメチル化シトシンを含む細胞に対する奇妙な免疫学的寛容は、種としての人間(ヒト)の存続を考えた場合、役目を終えた個体に退場を促すメカニズムと考えられるわけです。こう考えると何か考え込んでしまうものがあります。


話がここで終わりますと宗教的感慨で終わるのですが、科学の進歩は次の課題を提出しているようです。

最近の分子生物学の進歩は細胞の劣化過程の進行を止めることに、試験管レベルではありますが一定の成果を挙げているようです。加えて、iPS細胞の応用は、さらに修復をも可能にする可能性があることが示唆されています。

でも、何だか異様ですよね。「君のお父さんおいくつ?」「ウン、150歳になったばかりだよ」なんて会話が将来交わされることになるのでしょうか。

今年の年賀状に先輩が「“お元気ですか?”といわれるより“お元気ですね”といわれることが増えました」と書いていたのを微笑ましく読んだわたしだったのですが……時代は変わっていきます。

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