逆境的小児期体験(adverse childhood experience:ACE)による子どもの将来への影響について、Felittiらが1998年に初めて報告した1)。虐待やネグレクトのみならず保護者の精神疾患や薬物依存、母親への暴言や暴力、両親の離婚等の家族機能不全も含む10項目をACEとして、そのうち子どもが経験している項目数をACEスコアと定義し、ACEスコアと生活習慣、嗜癖、疾病罹患のリスクとの関連を明らかにした。
ACEスコア4ではACEスコア0と比較して、自殺企図 12.2倍、アルコール依存7.4倍、うつ傾向4.6倍、危険な性行動3.2倍、重度肥満1.6倍などメンタルヘルスや健康リスク行動への影響が示された。
その後、多くの研究がなされており、ACEによる子どもへの様々な影響が明らかになっている。米国疾病予防管理センター(CDC)はACEが健康問題だけでなく、将来の暴力被害や加害、機会喪失等にも影響を与え、社会的コストも甚大であり、その予防が重要であると指摘している2)。
予防という観点からは、保護的小児期体験(protective and compensatory experience:PACE)が注目されている。PACEには、親からの無条件の愛、親友の存在、家族以外の大人からのサポート、社会集団の一員であることなど関係性のコンテクストと十分な食料、安全な家、学ぶ機会などの資源のコンテクストが挙げられる。こども家庭庁は子ども食堂などを「こどもの居場所」として位置づけ、地域の関係性の中で学びや社会生活能力を身につけられる安全で安心な居場所をつくり、子どもたちにPACEを提供し、ACEによる影響を予防することをめざしている。
幼少期から困難な家庭環境の中でACEを経験し続けている子どもたちは、学童期に問題行動や不登校といった形で影響が立ち現れてくることが多い。そのようなときに、表面的な問題にだけ焦点を当てて対応しても、根本的な解決にはならない。常に背景にACEが存在しているかもしれないという視点を持ち、私たちが子どもにとって、「家族以外のおとな」としてPACEを提供していくことが、ACEによる負の影響から子どもたちを守ることにつながっていく。
米国では日常診療の中でACEをスクリーニングするツールが公開されており、多言語に翻訳され日本語版も作成されている3)。ACEは健康に深く関わる問題であり、医療の現場だからこそ気づき関わるチャンスがある。子どもたちの未来のため、私たちはこのチャンスを無駄にせず、PACEを意識した関わりを考えていく必要がある。
【文献】
1)Felitti VJ, et.al:Am J Prev Med. 1998;14(4):245-58.
2)CDC公式サイト:Adverse Childhood Experiences(ACEs).
https://www.cdc.gov/violenceprevention/aces/index.html
3)aces aware公式サイト:Screening Tools.
https://www.acesaware.org/learn-about-screening/screening-tools/
小橋孝介(鴨川市立国保病院病院長)[子ども虐待][子ども家庭福祉]