2023年7月13日から改正刑法が施行され、強制・準強制性交罪が不同意性交罪に、強制・準強制わいせつ罪が不同意わいせつ罪に変更されました。同意がない性行為は一切認められないということです。
以前の法律で強制性交罪が成立するためには、被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いることが前提になっていました。
たとえば、被害者が危機を感じて逃げることができたのに逃げなかった、被害者が抵抗できたはずなのに抵抗をしなかった、という状況では、罪が成立しないこともありました。しかし、被害者はあまりの恐怖に体が動かなくなってしまい(フリーズ)、抵抗できずに被害に遭うことがあります。このような場合、すなわち、不同意であることを表明することが困難な状況で性交された場合にも処罰できるようになりました。
具体的には、暴行や脅迫、アルコールや薬物の影響、拒絶するいとまを与えない、恐怖や驚がく、虐待、経済的・社会的地位に基づく影響力などの条件が明記されました。
性犯罪を受けた際の被害者の心身状況については、多重迷走神経理論が知られています。これは、1994年に神経生理学者のPorgesにより提唱されましたが、被害時の反応を交感神経と副交感神経の背側迷走神経系および腹側迷走神経系で説明しています。
まず、性犯罪を受けた際には、副交感神経の背側迷走神経系が作用し、無意識にじっとするような抑制が働きます。これがフリーズと呼ばれる状態です。次に、交感神経系が作用して、危険に対し「逃げられるか、戦えるか」を考えて身体を動かそうとします。
しかし、逃げられない、戦っても勝つことができないとわかったときには、副交感神経の腹側迷走神経系が生き残るための反応を行い、迎合反応を起こします。迎合反応とは、自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせる反応です。
前記のような状況になるので、頭が真っ白になって体が動かなかった、声も出せず、抵抗もできず、されるままであった、ということが起こります。女性は男性に比べて、男性を相手に逃げきれる確実性がないことをわかっているので、闘争や逃走による防衛反応をとることは難しいです。したがって、迎合反応をとらざるをえなくなり、このことが、合意と誤解されることになっていました。
被害に遭った方も、なぜあのときに抵抗しなかったのか、逃げなかったのか、ということを後悔することがあり、トラウマになることがあります。時には心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)につながることがあります。
上記の点が考慮され、刑法改正に至りました。
われわれ医療従事者は、性犯罪の被害に遭った患者さんに対して急性期から心身のケアが必要です。決して、「抵抗しなかったの?」「どうしてそのような場所に行ったの?」などの言葉はかけないようにして下さい。被害者に共感することが重要です。