「これが恐らく災いしたな」とわたくしは思った。
『歯車』は芥川龍之介の最晩年の作品であり、片頭痛に先行する閃輝暗点を「歯車」として描き出している。わたくしはこの作品を再読し、芥川は片頭痛患者が避けなければならない「ココア」を愛飲していたことに気づき、「これが恐らく災いした」と考えたのである。
参考までに、芥川がこの作品に記した閃輝暗点を前兆とする片頭痛の描写を引用する。
「僕は省線電車の或停車場からやはり鞄をぶら下げたまま、或ホテルへ歩いて行った。往来の両側に立っているのは大抵大きいビルディングだった。僕はそこを歩いているうちにふと松林を思い出した。のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――というのは絶えずまわっている不透明な歯車だった。僕はこういう経験を前に何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまう、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、――それはいつも同じことだった」1)。
そしてこの『歯車』という作品におけるココア愛飲の様子は、「一、レエン・コオト」に「それはカッフェという名を与えるのも考えものに近いカッフェだった。僕は隅のテエブルに坐り、ココアを一杯註文した」2)と記され、また、「三、夜」にも「僕はこのカッフェの薔薇色の壁に何か平和に近いものを感じ、一番奥のテエブルの前にやっと楽々と腰をおろした。そこには幸い僕のほか二、三人の客のあるだけだった。僕は一杯のココアを啜り、ふだんのように巻煙草をふかし出した」と記されている3)。
この2場面だけの記述では芥川がココアの日常的な愛飲家であったとは断定できないが、別の作品『あばばばば』4)にはココアの銘柄を選んで罐買をしていた様子が記されている。「『Fryよりはこちらになさい。これはオランダのDrosteです』などと、如何に客を悩ませるか」「或残暑の厳しい午後、保吉は学校の帰りがけにこの店へココアを買いに走った」「ただ何でもこう言いさえすれば、Van Houtenの有無は確かめさせる上に効能のあることを信じたからである」。この作品では主人公の保吉に仮託してココアを買わせているが、芥川が日常的にココアの罐買をしていなければ書けない内容である。
なぜ、ココアと「歯車」(閃輝暗点)が関連するのだろうか。1970年代に脳神経内科を学んだわたくしは「ココア、チョコレート、チーズ、赤ワイン」は片頭痛の誘発物質を含むので、注意を要する(禁忌の)飲食物であると教育された5)。その後の日本頭痛学会の『片頭痛治療ガイドライン』6)には「これらの飲食物が誘因となる人がいる」と表現が少しく柔らかくなってはいるが、実際の臨床では「誘因となる人に該当するか否か」を確かめるには危険を伴う誘発試験を行う必要があるので、これは避けて、好ましくない飲食物として患者さんに告げて、治療を開始するようにしている。
チョコレートを禁じると言っても、食物アレルギーとは異なるので、ひとかけらくらいは食べてもよいのだが、板チョコ1枚を買ってきてひとかけらで済む人は皆無と言ってよい。食べずにいられなくなるのがチョコレートやココアである。驚くべきことに、片頭痛の治療で来院される方々の20%はチョコレートが大好きで、家の冷蔵庫に欠かさず保存している。体に悪いものを嗜むとも言える不思議な現象であるが事実である。患者さんの中には、「チョコレートを控えてくださいね。ココアもですよ」と言うと、「エッ! ココアもですか」と言う方がいる。
ココアもチョコレートも共にカカオ豆から得られるカカオマスを原料にしており、カカオマスからココアバターを取り除き粉末に加工したものがココアである。一方、カカオマスにココアバター、砂糖、ミルクを加えて固形化したものがチョコレートである。わが国では芥川が活躍した明治時代末~大正時代に広く流布したという。
ところで、厄介なのは、ココアやチョコレートを摂取した直後に片頭痛が起こるのではなく、多くはその翌日か翌々日に頭痛発作が出現することである。わたくしの約50年にわたる臨床医の経験知として、これらの飲食物は確かに片頭痛に対して悪影響を及ぼしている。治療薬を一定にして、これらの飲食物を控える人と、控えない人を比較すると、控えた人では早期に頭痛発作の頻度が減少し、その程度も軽くなることが頭痛日記でわかる。これらの飲食物がなぜ閃輝暗点を誘発するのか、そのメカニズムを記してみたい。
コラム:チョコレートとココアの違いは何ですか?
チョコレートとココアは同じ原料のカカオ豆からつくられています。
カカオ豆を発酵・乾燥し、砕いて皮などを取り除き、炒ってすりつぶしペースト状にしてから固形化し(カカオマスと言います)、ココアバター(カカオ豆の油脂)や砂糖、ミルクを加えて固形にしたものがチョコレートです。
カカオマスからココアバターの一部を取り除いてパウダー状にしたものがココアです。
図1に示したように、眼球の網膜にある視細胞で感知された光は電気信号に変換され、視神経によって外側膝状体を経由して大脳の後頭部に位置する後頭葉視覚野にもたらされる。この視覚野を栄養するのは後大脳動脈であるが、その末端部の細い動脈に痙攣が起こると、血液供給が一時的に途絶え、画像処理が攪乱される。この画像処理の不具合(実際には視覚野にとどまらず周辺の脳組織も関与している)が「歯車」(閃輝暗点)として自覚される。
この血管の痙攣を前兆として、次には細動脈(主として脳硬膜動脈)の過度の拡張が起こり、これを三叉神経が感知して拍動性の頭痛、すなわち片頭痛が現れる。この血管の痙攣発作に、ココアやチョコレートに含まれるチラミンというカテコラミンの一種が関与すると考えられている。図2にはチラミンと交感神経終末から放出されるノルアドレナリンの化学構造式を示したが、きわめて類似している。ただし、図1は閃輝暗点が起こる機序を説明したものであって、片頭痛そのものがどのようなメカニズムで起こるのかは、本当のところわかっていない6)。また、片頭痛が起こる際に閃輝暗点は必ず起こるものではない。
頭痛の病態仮説として、古典的には脳血管に原因を求める血管説が提唱されたが、1980年代になり前兆と皮質拡延性抑制との関連が指摘されて、神経説が提唱され、さらに今日では脳血管とそれに由来する痛みを感知する三叉神経の関与が注目され、三叉神経血管説が提唱されるに至っている7)。したがって、チョコレートやココアが片頭痛を誘発するという臨床的な経験知も単に脳血管を収縮させるということではなく、三叉神経の半月神経節周辺で起こる虚血後再灌流(血流が一時的に途絶えた後に再び流れ込むこと)による「自然炎症」の惹起にチラミンやセロトニンが関与している可能性がある。つまり、この部分で細動脈の痙攣が繰り返し起こり、自然炎症がじわじわと進行し、ついには精神的ストレスや疲労などを契機として、比較的広範な脳硬膜動脈の収縮とその後の拡張という、片頭痛発作が起こると考えられる。ココアなどは片頭痛の前段階の下準備に関係するようである。このように仮定すると、ココアの摂取直後に片頭痛が起こるものではないことも説明できるし、ココアを大量に摂取しても状況によっては片頭痛を起こさない場合もあることが理解できる。
なぜ芥川がココアを愛飲したか、本当の理由は不明であるが、胃腸が丈夫でなかったこと、あるいは脳の神経細胞が多量のグルコースを必要とする文筆活動において、ココアに砂糖とミルクを加えた飲料を身体が求めたからではなかろうかと、わたくしには思える。『歯車』にはストレスによる胃痛がしばしば起こり、ウイスキーを飲むことによって軽快することが記されている。また、彼の『病中雑記』8)には、(一)「毎年一二月の間になれば、胃を損じ、腸を害し、更に神経性狭心症に罹り、鬱々として日を暮らすこと多し。今年もまたその例に洩れず。ぼんやり置炬燵に当りおれば、気違いになる前の心もちはかかるものかとさえ思うことあり」、また(十)「日々腹ぐすり『げんのしょうこ』を飲み、静かに生を養わんと欲す」と記している(大正15年2月)。ここに記されているような胃腸虚弱では満足な量の食事摂取も不可能で、エネルギー供給の不足が慢性的に起こっている状態である。その結果、脳の神経細胞の活動性は低下し、食欲も低下するという悪循環が形成され、ココアでこれを補うという、とんでもない悪習慣が形成されたと考えられるのである。
このようなエネルギー不足が関係してか、片頭痛には様々な精神障害が随伴する9)。不安障害やパニック障害、強迫性障害が起こると記されている。また、抑うつに関しては片頭痛における大うつ病の生涯有病率は18~40%と比較的高い数字である10)。
生活習慣病と言うと肥満や脂質異常症に限定される傾向にあるが、芥川のように、それが自分にとって悪影響を及ぼすものであることを知らずに、漫然と常習性にココアを摂取してしまうのも、生活習慣病に属するものと、わたくしは考えている。
歴史に「もしも」は禁物であるが、もしも芥川が「歯車」とココアの関係を知りココアを控えていれば、うつ病も悪化せずに、もう少しは長くその天才を発揮してくれたと思うとまことに残念である。
ところで、最後にわたくしの専門とする漢方の視点から、芥川の片頭痛を検討してみたい。漢方の世界では「片頭痛患者は基本的に胃腸虚弱である」ということはほぼ常識である。この種の頭痛に最もよく用いられる呉茱萸湯は、今から1800年前に中国で成立した『傷寒論』と『金匱要略』に収載されている方剤であるが、その適応病態は次のとおりである。①穀を食して嘔せんと欲す、②少陰病、吐利し、手足厥冷す、③乾嘔して涎沫を吐し、頭痛す、④嘔して胸満す、と記されている11)。つまり、頭痛は単独で起こるものではなく、新陳代謝が低下して四肢の冷えがあり、食事を摂ると悪心・嘔吐が起こり、下痢傾向のある人で頭痛が起こる場合にこの方剤を用いるということである。これは先に引用した『病中雑記』の胃腸虚弱、あるいは置炬燵で体の冷えに耐えているという記述に符合することがわかる。
芥川の場合には呉茱萸湯が最も相応しい方剤であるが、この他に、桂枝人参湯、五苓散、十全大補湯などを患者の状態によって選択する。その選択の尺度として、陰陽虚実や気虚、血虚、水滞などの病態認識が必要であるが、これは成書に譲りたい11)。
要素還元論に立脚する現代医学は人間の体を部品の寄せ集めと考え、消化器病変と頭痛を別個のものと考えるが、漢方の知恵は人間存在を心身一如の有機体として理解しているので、胃腸の不具合と頭痛が関連することは当然のことであって、何の不思議もないのである。ただ残念なのは、明治維新政府はドイツ医学こそが最先端の正当な医学と考えていたので、漢方を撲滅することに専念した12)。したがって、芥川が生きた時代には優れた漢方医はほとんどいなかったのである。
幸いなことに、現在では漢方製剤が保険適用となっているので、わたくしは最適な漢方製剤を選択し、ひどい頭痛発作が起こってしまった場合には、スマトリプタンを頓用で対処するように処方している。このような東西医学の活用ができる国はわが国だけである。
【文献】
1)芥川竜之介:歯車. 岩波文庫, 1957, p40.
2)芥川竜之介:歯車. 岩波文庫, 1957, p36.
3)芥川竜之介:歯車. 岩波文庫, 1957, p64.
4)芥川龍之介:あばばばば. 芥川龍之介全集. 第10巻. 岩波書店, 1996, p170-80.
5)平山惠造, 編:臨床神経内科学 第3版. 南山堂, 1996, p373.
6)頭痛診療ガイドライン作成委員会, 編:頭痛の診療ガイドライン. 日本神経学会, 他, 監. 医学書院, 2021.
7)平山惠造, 監:臨床神経内科学 改訂5版. 南山堂, 2006, p300-2.
8)芥川龍之介:病中雑記. 芥川龍之介全集. 第13巻. 岩波書店, 1996, p190-4.
9)濱田潤一:臨神経. 2010;50(11):994.
10)端詰勝敬, 他:心身医. 2010;50(10):805-10.
11)寺澤捷年:和漢診療学. 岩波新書, 2015.
12)寺澤捷年:明治維新・漢方撲滅の実相. あかし出版, 2021.>