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連載を開始した頃/家庭内「システム」と夫婦の仲/時間がない?[なかのとおるの御隠居通信 其の20]

No.5200 (2023年12月23日発行) P.64

仲野 徹 (大阪大学名誉教授)

登録日: 2023-12-20

最終更新日: 2023-12-15

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ご記憶いただいてる方もおられるでしょうか。「御隠居通信」の前は「ええ加減でいきまっせ!」を連載いたしておりました。両方合わせると、来年の春には満10年になります。キリのいいところでと、3月で連載からの引退を決意いたしました。

連載を開始した頃

2014年春の日記を見ると、驚くほど忙しかったことがわかる。4月から生命機能研究科の科長になった。岩波新書『エピジェネティクス 新しい生命像をえがく』の仕上げをしている。夏のモンブラン挑戦を控えて、雪山トレーニングに精を出している。そのうえ、STAP細胞騒動のまっただ中で、在阪のテレビ・ラジオに出演したり、取材を受けたりする機会も多かった。よくこれだけ多彩な仕事をさばけていたものだ。すっかり忘れてたけど、えらいやんか。

そんな中での連載開始だった。「ええ加減でいきまっせ!」の第1回、ラストを「連載はいつまでつづくやわかりませんが、皆様、なにとぞ末永くご贔屓によろしゅうお願い申し上げます」と結んでいる。我ながら謙虚で好感がもてるような気がする。

知り合いの雑誌編集者さんには、毎週の連載がどれだけ大変かと脅されていた。同時に、連載を続けたらものすごくいいトレーニングになるとも言われていた。どちらも本当だった。ネタ切れになることはなかったが、エッセイのテーマを考えるのは、楽しいけれど、しんどいことでもあった。

しかし、続けさせてもらえて本当によかったと感謝している。かといって、いつまでも続けるわけにはいかない。最初の1年間は月に3回、2年目からは週1回の連載になった。引退したらネタが少なくなりそうなので、定年になった昨年4月からは、月1回の連載、ただし毎回の分量は倍に、という形にしていただいた。

これからのラスト3回は、「御隠居通信」の掉尾を飾るにふさわしく、隠居生活のまとめについて書いてみたい。ん? 12月から3月ならば4回とちゃうのか。ナカノ、ボケたか。と思われたかもしれない。そうではなくて、4回のうち1回は旅行記を入れるつもりなので、これでいいのだ。

家庭内「システム」と夫婦の仲

現役中は家事などほとんど何もしていなかった。しかし、定年になって家にいる時間が長くなると、あれやこれやとやりたくなる。たいしたものを作るわけではないが、料理もするようになった。そうなると、食器や調味料など台所でのいろいろな物の置き場所が気になりだした。

妻には妻なりのルールがあったらしいが、どうみてもランダムである。そこで、よく整理されたシステマチックな実験室のように配置換えをおこなった。気に入らなかったのだろう、それがきっかけで夫婦仲がちょっとギスギスし始めた。

時間がたつにつれ、妻のほうが新しいシステムに慣れてきて、問題は自然消滅した。帰省した娘に「台所の整理システムを変えてん」と話したら、「え、おかあさんはシステムなんかなかったやん」と思わずつぶやいて妻に叱られていた。やっぱり私が正しかったんやと確信した。

時間がない?

定年になったら、あれもしようこれもしようと思い描いていた。しかし、残念ながら、ほとんど何もできていない。他人事みたいだが、これは意外だった。大学や財団の委員、連載の執筆など、いくつかの仕事を継続しているとはいえ、定職がなくなったのだから、時間はたっぷりある、はずだったのに。

読書や執筆活動に邁進するつもりだったが、せいぜい現役時代の2割増し程度でしかない。僻地旅行にも精を出そうと思っていたけれど、一度も行けていない。母親が亡くなったりしたこともあるが、いずれも大いなる誤算だった。

なぜなのかと考えてみた。前述のように家の中のことをたくさんするようになったし、近所のスーパーへ行く機会もすごく増えた。家庭菜園も始めた。しかし、すべてを合わせたところでたいした時間ではない。そうなると、日々の生産性が落ちているとしか考えられない。

現役時代は、すき間時間にいろんなことを突っ込んでやっていた。だが、定年後はすき間時間ばっかりみたいなものなのだから、すべてがゆっくりペースになってしまっている。あかんがな、と思ったのだけれど、そうでもないらしい。

老後の暮らし方についての本を読んでいたら、定年後は生産性についての考え方を根本的に変えることが重要だと書いてあった。なるほど、そうなんや。そう言われてみると、ものすごく丁寧な暮らしをするようになっててええ感じやん。

今のペースこそが人間らしい生き方ではないか。長い間、時間に追われるような生活が当然だと思っていたけれど、それって間違えてたんとちゃうんか。思うに、日々の暮らしが豊かになっているような気がするし。怠け者になった言い訳かもしらんが、本当にそう考えているのであります。


仲野 徹 Nakano Toru
大阪市旭区生まれ。1981年阪大卒。2022年4月より阪大名誉教授。趣味は読書、僻地旅行、義太夫語り。『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)大好評発売中!

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