最近の報道によりますと、米国のアラバマ州では窒素ガスを吸入させる方法で死刑が執行されたそうです。マスクから流れてくる窒素ガスを吸入し、酸素欠乏で死に至るということです。
この方法が死刑に採用されたのは、全米で初とのことです。
窒素のみならず、アルゴンや亜酸化窒素などの窒素性ガスを吸引すると、空気と置換され酸素欠乏を起こします。このような死亡例が労働災害の現場で生じています。
ある事故例では、ボンベから酸素が供給されるようにしてマスクを着用し、タンク内を清掃するはずでした。しかし、誤って窒素ガスのボンベにつないでしまい、マスクから100%の窒素が流れ込み、作業者が急死しました。
また、窒素は果実などの品質を保つために利用されます。貨物船の倉庫内に果物を入れて輸送する際、品質を保つべく、倉庫内に窒素を充満して酸素濃度を3%にしていました。そのことを知らずに居合わせた複数の男性が死亡しました。
窒素性ガスは、引火性液体の火災や爆発の防止、金属の酸化防止にも用いられるため、詰め替え中などにも事故が発生しています。
「窒素酔い」と呼ばれる現象は、ダイバーの間では有名です。ダイビングでは、大気中と同じように窒素が79%、酸素が21%の空気をボンベに用意して吸入しています。水中では、約10m深くなるにつれて1気圧ずつ水圧がかかります。水深が約30mになると4気圧程度の窒素分圧のガスを吸引することになり、血液に窒素が溶けやすくなります。すると、飲酒による酩酊に似た症状が出現し、認知や判断力が低下します。これを窒素酔いと呼んでいます。窒素酔いになった本人は、それに気づかないことが多く、結果的に危険な状態に陥ります。
一方、100%窒素のように高濃度の窒素を吸入した場合、理論上は数回の呼吸で、肺胞内の空気が完全に窒素ガスに置換されると言われています。その結果、きわめて短時間に酸素欠乏に至り死亡します。残念ながら、この方法を用いた自殺例も報告されています。
硫化水素やシアンはシトクロム酸化酵素と親和性が強く、呼吸酵素を阻害します。高濃度の硫化水素(1000ppm)では、数回の呼吸で意識を消失して死に至ると言われています。したがって、硫化水素中毒は「ノックダウン」と呼ばれています。かつて、自宅の浴室などで硫化水素を発生させて自殺する行為が多く発生しました。このとき、安易に発生現場に近づくと硫化水素ガスを吸入して死亡する危険性があるため、救助者には現場に近寄らないことが徹底されました。
高濃度の窒素ガス吸入も同様に、ノックダウンに近い状態となります。したがって、冒頭でお話ししたように死刑の執行に採用されたのでしょう。
いずれにせよ、窒素ガスは身近なところにあるため、誤った使用方法により死に至る危険性があるので、十分な注意が必要です。