クリプトスポリジウム(Cryptosporidium spp.)は,小腸の腸管上皮細胞内に寄生する腸管寄生原虫である。正常免疫では宿主免疫応答により2週間程度で自然治癒する下痢症の原因となるが,日和見感染では,慢性化・重症化による感染の腸管外播種による胆管炎・胆囊炎や気管支炎・肺炎などの腸管外クリプトスポリジウム症が起こりうる1)2)。
マラリア原虫やトキソプラズマなどを含む細胞内寄生原虫のアピコンプレックス門に分類されるクリプトスポリジウム属原虫は各種脊椎動物を宿主とし,これまでに少なくとも40種以上が報告されてきた2)。ヒトの下痢症の97%以上はこのうちの2種,C. hominis(主にヒトのみに感染)とC. parvum(幅広い哺乳類を宿主とする人獣共通感染型)の感染による。そのほか,C. meleagridis,C. felis,C.canisなどが小児や免疫不全患者の感染で同定されているが,いずれも通常はヒト以外の宿主(それぞれ鳥類,ネコ,イヌ)から検出されるクリプトスポリジウムである。なお,形態的に種鑑別が困難なため,種同定には遺伝子解析が必須である。
クリプトスポリジウムは糞便とともに排出される感染性オーシストの直接的(接触感染)または間接的(水系・食品媒介感染など)な経口摂取によって感染する。
糞便の経口摂取(糞口感染)により腸管に到達したオーシストは小腸上部で脱囊し,放出されたスポロゾイトの腸上皮細胞微絨毛内への侵入・多数分裂・娘虫体の放出による周辺組織への直接的な播種によって連続的に感染部位を拡大する。
病期には糞便1g中に100万個とも言われるオーシストが排出される上に,1個のオーシスト(4個のスポロゾイトを放出)の経口摂取でも感染が成立し,さらに通常使用濃度の塩素殺菌ではオーシストを不活化できないため,水道水,プールなどを介した集団発生が国内外で発生している3)。
環境中における一定の成熟期間を要する他のコクシジア類(戦争シストイソスポーラ,サイクロスポーラなど)とは異なり,本原虫のオーシストには排泄直後から感染性があるため,患者糞便の取り扱いには注意を要する。
オーシストの入手が容易なこと,また高い感染性および環境耐性を保持する点,さらに有効な治療薬が存在しないことから,本原虫のバイオテロにおける使用が危惧されている4)。
クリプトスポリジウムは感染症法によって特定病原体等(4種)に指定されているため,所持,移送,取り扱いなどに法令に従った手続きを要する。このため,特定病原体等取扱施設としての認定を受けていない検査室で本原虫症が検出された場合には,残余糞便などの汚染検査材料について可及的速やかな不活化を要する。
クリプトスポリジウム症は感染症法の5類届出疾患であり,毎年十数件程度〔国立感染症研究所「感染症発生動向調査週報(IDWR)」:2022年52週7件〕が報告されている。水系感染による集団発生以外の患者背景としては,日和見感染〔先天性免疫不全,後天性免疫不全症候群(AIDS),がん治療,臓器移植後など〕,人獣共通感染(畜産関係者など),帰国者下痢症(海外旅行者)などが特徴的である。
本症は特に免疫不全症例では重症化・慢性化し,時に死の転帰をとることから,AIDS診断の指標疾患に指定されているが,抗レトロウイルス薬療法が普及している先進国ではAIDS患者における年間発症率は1000人当たり1例未満である5)。
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