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【識者の眼】「謎の原虫トキソプラズマ」森内浩幸

No.5245 (2024年11月02日発行) P.65

森内浩幸 (長崎大学医学部小児科主任教授)

登録日: 2024-10-09

最終更新日: 2024-10-08

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妊婦がトキソプラズマに感染すると赤ちゃんに障害を、そして免疫不全宿主では重篤な日和見感染を起こす恐れがあることが知られています。でもこの単細胞の虫、只者ではありません。

ネズミもオオカミもトキソプラズマに操られる?

トキソプラズマの終宿主はネコ科動物で、その体内で有性生殖します。ほかの温血動物は中間宿主で、無性生殖(単純な細胞分裂)しかできません。したがってトキソプラズマはネコ科に感染するために、巧みな戦術を駆使します。

まずトキソプラズマに感染したネズミはネコを恐れません。ネコの前にのこのこと現れたネズミは食べられてしまい、終宿主であるネコへの感染が広がります。

またトキソプラズマに感染した北米のオオカミは、一匹狼になる確率が11倍、逆に群れのリーダーとなる確率が46倍です。リーダーとなった感染オオカミは群れをハイリスク行動、つまり北米最大のネコ科猛獣ピューマとの闘いに駆り立てます。一対一なら敵わないピューマに、群れだと勝てるかもしれません。こうしてオオカミとピューマの生活圏が交わった結果、オオカミからピューマ(終宿主)への感染が広がります。

人もトキソプラズマに翻弄される?

トキソプラズマに感染したら交通事故を16倍起こすというデータもあり、これもハイリスク行動へ煽られたためかもしれません。

またトキソプラズマに感染すると、性格が変わると報告されています。男性は教育水準が落ち、注意力に欠け、規則を破り、危険を冒し、より個人主義に、反社会的に、懐疑的に、嫉妬深く、気難しく、そして女性にモテなくなるという悲惨な変化であり、女性は外交的、親しみやすく、浮気っぽく、セクシーになるそうです。

さてトキソプラズマ感染には大きな地域差があり、多い地域は中南米、アフリカ、そして欧州です。流行地域の共通点がわかりますか? サッカーが強いです! あるサッカー好きの研究者によると、上述の感染男性の性格はサッカーに向いているとか……。さてフランスもトキソプラズマが多く、サッカーが強いです。女性はセクシーで仔ネコちゃんも好きで、レアステーキや生ハムを食べます。そして交通事故が多いことも有名で、ダイアナ妃が交通事故で亡くなったのはパリです。

精神疾患の病原体?

健康な人の感染でも、トキソプラズマは脳内に侵入し、そこに潜伏し、精神的な変化をもたらすのでしょうか? 以前から先天性感染は自閉症や小児精神病の原因の1つと考えられており、後天性感染ですら統合失調症の一因と見なされています。統合失調症患者群では感染率が高いとか、ネコの飼い主には統合失調症の発症率が有意に高いとか報告されています(もちろん大多数はトキソプラズマとは無関係ですが)。トキソプラズマは私たちの脳をおちょくっているのでしょうか?

次回は「トキソプラズマ感染を防ぐには?」〜乞うご期待!

森内浩幸(長崎大学医学部小児科主任教授)[トキソプラズマ][行動様式の変化][精神疾患発症リスク

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