コンゴ民主共和国(DRC)で小児を中心とした謎の熱性疾患が注目され、「疾患X Disease X」と呼ばれている。咳などの呼吸器症状を伴う発熱だ。2024年10月以降、本稿執筆時点で南西部にあるクワンゴ地域を中心に600名近い患者が発生し、140名以上が死亡している。
世界保健機関WHOが調査に入り、12名の患者の検体のうち、10名からマラリア原虫が検出されたことが報じられた。
ただし、現地での検査体制は脆弱である。首都キンサシャでの確認検査が行われ、マラリア原虫の存在が確定した(51例中86%で陽性)。これを受けて保健省は「謎はついに解けた。重症マラリアが呼吸器疾患の形をとり、栄養失調がこれに拍車をかけた」と述べたのだった。
これを受けて日本でも「よかったよかった。新しい感染症とかじゃなかったみたい」といったコメントがSNSで相次いだ。
が、ぼくは若干奇異に感じていた。確かに、重症マラリアでも呼吸器症状は発生する。続発する心不全やARDSのためだが発生頻度は25%程度、小児で40%と言われる。「起きることもある」と「起きている」は同義ではない。日本の診療現場でもよくみる誤謬である。渡航者と異なり、現地のマラリアは軽症だったり、無症状のこともめずらしくない。繰り返される感染と免疫獲得のためだ。はたして、「マラリア原虫の存在」はこの現象の原因なのか、バイスタンダーなのか。
WHOは、他の疾患が紛れ込んでいる可能性を排除していないという。
こういうときに我々が取るべき態度はいつも同じである。ちょうど5年前、武漢で「謎の肺炎」が流行していたときに、このコラム(No.4996)でぼくが述べたのと同じである。
『現時点では「分からないこと」がたくさんあるなかで、我々医療者に必要なのは冷静であり続けること。しかし油断もしないこと。「分からないこと」に自覚的であり、曖昧さに耐えること。意外な新情報にも驚かないこと。つまり、あらゆる可能性を「想定内」にしておくことである』
結果的に本件はマラリアでした、で終わるのかもしれない。そうでないのかもしれない。どっちに転んでもよいようにしておく。重心を片足にかけすぎることなく、右にも左にも動けるようにしておくのが肝心だ。1つの仮説に飛びつきすぎないこと、あらゆる可能性を考えておくこと。「想定外」をなくすこと。大切なことはいつも同じなのである。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[謎の熱性疾患][あらゆる可能性][想定外をなくす]