摂食嚥下障害は病名ではなく症候であり、捕食、咀嚼、嚥下口腔期、咽頭期、食道期のいずれの異常でも摂食嚥下障害と呼ばれる。そのため、どの診療科を受診すべきか迷うことが多く、また数10年前には国内外問わず、1箇所で診療が完結する診療科はなかったと思われる。摂食嚥下障害の原因診断には、複数の診療科の協力が必要な場合もあり、治療においては、Speech-Language Pathologist(SLP)や看護師など多職種の連携が必要となる。
嚥下障害を包括的に診療できる医療機関として、1981年、Johns Hopkins大学に全米初の摂食嚥下センターが設立された。私は1997〜98年にかけて当センターのリサーチフェローとなり、その後2009年に杏林大学摂食嚥下センターを立ち上げた。この経験から、本稿と次稿において米国と日本における摂食嚥下センターの体制の差違について紹介する。
当センターは、嚥下障害に関する診療部門と研究部門を併せ持ち、診療部門では、複数の領域の専門科が密にコミュニケーションをとり、患者を一緒に診るという観点で編成されていた。所属の異なるメンバーで組織され、専従の医師や専用施設はなかったが、コーディネーターが配置され、患者あるいは紹介医からの診療依頼を受け、ディレクターがトリアージを行い、担当科と担当医が決められた。問診と担当医の診察の後に、嚥下造影などの画像検査が行われ、画像と各種臨床データをもとに、毎週開催される合同臨床カンファレンスにおいて病状と治療方針が協議された。様々な診療科の専門医やSLPたちが一堂に会し、集学的に治療方針の検討が行われた。
研究部門では、嚥下に関する基礎研究や臨床研究が行われ、1997年当時は流体力学の教授らが開発した嚥下圧解析ソフト(カテーテルに連続して設置された複数の嚥下圧センサーの圧波形を線形補間し、無数の圧センサーで計測したかのようなトポグラフィーで表示するソフト)の臨床研究を行っていた。
当センターは、所属の異なる専門家たちをまとめる必要、予算確保も大変なことから、組織の求心力を保つことは容易ではないと思われた。他地域に同規模の摂食嚥下センターを設立することは困難だったようだが、摂食嚥下障害診療の多くを担うSLPを中心に、診療部門だけの摂食嚥下センターが組織されるようになった。
特に、耳鼻咽喉科医とSLPの2本柱で運営する、Voice and Swallowing Centerと呼ばれる組織が米国各所につくられ、その中で有名なUniversity California San Francisco(UCSF)では、喉頭科学専門のMark Courey教授と、内視鏡を用いた嚥下機能検査を初めて体系化したSLPのSusan Langmore准教授が音声障害と嚥下障害の診療を行っていた。ここでは診断からリハビリテーションや嚥下手術まで1箇所で完結できるため、現在の米国においては理想的な摂食嚥下障害診療体制のモデルの1つであると考える。
唐帆健浩(じんだい耳鼻咽喉科院長)[耳鼻咽喉科][摂食嚥下障害]