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ゲーテの最後の言葉「もっと光を!」 (Mehr Licht !)をめぐって [エッセイ]

No.4752 (2015年05月23日発行) P.70

渡辺岩雄 (福島県赤十字血液センター名誉所長)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-20

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  • 「もっと光を!」(Mehr Licht !)という言葉はヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)が臨終の場で語ったとされるが、本当に最後の言葉であったのか、それを聞いた証人はいるのか、さらにはその言葉の持つ意義など、疑問は多い。今回はこれらの事象について調べてみた。

    Mehr Licht

    ゲーテが人生の最後に語ったとされる言葉“Mehr Licht”を初めて記述したのは、ゲーテの主治医フォーゲル博士である。彼は著作『Die letzte Krankheit Goethe’s(ゲーテ最後の病気)』1)の中で、「Mehr Lichtという言葉は、私が彼の亡くなった部屋を一寸離れている間に、あらゆる点で常に暗闇を嫌っていたこの人の最後の言葉であったといわれている」と記し、実際に彼が直接耳にしたものではなく、第三者を介した伝聞であったことを認めている。

    一方、ゲーテ研究家のシュデコップは、その著書『Goethes Tod(ゲーテの死)』2)の中で以下のように触れている。「ヴァイマル公国の宰相でもあったゲーテは、1832年3月22日午前11時30分、83歳の生涯を閉じた。その日の午前9時頃、ゲーテは寝室の肘掛け椅子に座り、長男の嫁オッティーリェの手を握り、楽しげに光の現象(筆者注:ゲーテには『色彩論』の著作がある)などを話題にしていた。ほどなくして、話し言葉が弱々しく明瞭でなくなってきた。そして、召使のクラウゼに『もっと光が入るように、寝室のよろい戸を開けてくれ』(Macht doch den Fenster­laden im Schlafgemach auf, damit mehr Licht hereinkomme) と命じ、よろい戸を開けさせた。その後、右手を宙に挙げ文字を書き始めたが、意識朦朧となり死の道へ旅立った」というのである。

    この言葉を初めて文字にしたのはヴァイマル公国の土木建設局長クドレーであり、“Mehr Licht”誕生の背景となった文言と言える。彼のメモの終稿(3月24日付)2)には、「これが聞きとれた彼の最後の言葉であった」(Dies waren seine vernehmlichen Worte)と付け加えられている。しかし、何故か3月22日付の起稿にはこの文言については触れられていなかった。起稿から終稿までの2日間の空白が何を意味しているかは、謎である。

    一方、臨終の場に同席していた司法長官ミューラーの記録は、後日『Gedenkausgabe der Werke,Briefe und Gespräche(作品、書簡および対話回想録)』3)に見出された。それは3月22日付で「光が彼の最後の要求であった。死の30分前、もっと光が入り込むように窓のよろい戸をあげるよう命じた」(Licht war seine letzte Forderung, eine halbe Stunde vor dem Ende befahl er:Die Fensterladen auf, damit mehr Licht eindringe)と、端的な表現であった。

    クドレーとミューラー両者の記載には用語を含め文の構成に違いが見られるものの、ゲーテが臨終の場でこの種の言葉を口にしたという点では異同なく、また同じく耳にしており、クドレーとミューラーがこの文言の証人であることを物語っている。

    それでは、なぜフォーゲル博士は前記の文言を短縮して“Mehr Licht”と記録したのであろうか。理由については明らかにされていない。思うに、クドレーによるメモの主文である「寝室のよろい戸を開けて欲しい」の文言は問題視されず、副文の“damit mehr Licht hereinkomme”(もっと光が入るように)の主語がMehr Lichtであるという文の構成であることから、単にMehr Lichtを主語として記録したのではないかと考えてみた。

    また、本文中の“hereinkomme”は自動詞であり、主語は「光が」である。わが国では森林太郎(鷗外)が大正2(1913)年に、『ギヨオテ傳』4)の中で、ゲーテは「『窓をも一つ開けてくれ、明かりが もっと這入るやうに』 と言ったのが最後の詞だった」と記している。しかし、その後は、なぜか目的語としての「光を!」と言い慣らされ、伝えられてきた。

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