【Q】
近年,中枢神経系の画像診断技術の発展をバックグラウンドに,神経科学と連携したニューロリハビリテーションという新しいジャンルが盛んになっています。
このニューロリハビリテーションにおいて,「運動学習」という言葉をよく聞きますが,運動学習とはどのようなものでしょうか。たとえば,スポーツなどにおけるトレーニングとは違ったものでしょうか。
関西医科大学・長谷公隆先生のご教示をお願いします。
【質問者】
田中一成:箕面市立病院リハビリテーションセンター長
【A】
自転車の乗り方を練習するのと同様に,運動麻痺などの機能障害に対応して杖や補装具を用いて歩くというような新たな運動スキルの習得は,目的とする運動課題の反復を原則とした運動学習によって達成されます。パフォーマンスの正確さや運動速度は,運動のやり方などについての“知識”だけで高めることはできません。運動スキルの習得には,運動課題を反復する過程で視覚や固有感覚などの情報を処理し,運動記憶を書き換えていく過程が必要になります。
このように運動学習は,パフォーマンスの改善をめざして実施する運動療法において,その治療成果を左右する重要な役割を担っています。設定された運動課題におけるパフォーマンスが成功体験として認識されれば,その運動制御法は強化される一方で,誤差情報や失敗として認識されれば,その運動制御法は修正されていくことになります。
リハビリテーション医療では,生活上の活動を妨げるすべての問題,つまり高次脳機能障害などによる行動上の問題から身体運動に直接関与する神経・筋・骨格系の機能障害によるパフォーマンス上の問題が運動学習に基づく治療の対象となります。
麻痺などの機能的後遺症に対しては,補装具などの外的代償ならびに利用可能な別の身体機能による内的代償を駆使して,運動課題を反復させます。運動課題から得られた感覚情報に基づいて運動制御法は書き換えられていくので,目標とする運動スキルの習得に必要な感覚情報,たとえば,麻痺側下肢への適切な荷重感覚が入力できるような課題設定が重要であり,そのような運動課題によって,麻痺などの機能回復を促すことができます。
スポーツにおける運動学習では,学習者の意欲は一般に高く,トレーニングによる成果が勝敗や記録として数値化されやすい一方で,競技などの特殊な場面では運動スキルを最大限に発揮するための学習法の工夫が求められます。
これに対してリハビリテーション医療では,運動学習は日常生活で必要とされるパフォーマンスが楽にできるようにするための学習であり,障害受容の過程や高次脳機能障害などの影響から学習者の意欲は必ずしも高くありません。加えて,運動皮質や大脳基底核,小脳などの運動学習に必要な神経機構が障害されている場合がありますので,学習のために機能しうる神経機構を考慮した課題設定やフィードバック選定が重要になります。
たとえばパーキンソン病では,視覚や聴覚から感覚情報を入れて小脳系による運動制御法を学習させる生活指導が行われています。また,経頭蓋磁気刺激や直流電気刺激を用いて運動学習に関わる神経機構を賦活した上で運動課題を実施するニューロモデュレーションが試みられています。