【Q】
(1)ノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症した医療従事者が職場復帰する時期の目安はあるのか。
(2)迅速診断キットで陰性を確認する必要があるのか。
(3)これが,病院給食の調理従事者である場合はどうか。 (岐阜県 K)
【A】
質問に答える前に,ノロウイルス感染症の特徴あるいは診断について確認して頂きたいことがある。
(1)ノロウイルスはヒト環境にも安定して存在し,強い感染力を保持している。感染は18~1000個のウイルス粒子で成立すると言われている。
(2)潜伏期間は1~2日(10~51時間),症状は突然の嘔吐と下痢が出現する。下痢,嘔吐のみられない不顕性感染者が約30(~50)%存在している(文献1)。
(3)典型的な有症期間は1~3日であり,3日以上の有症感染者も約15%にみられる(文献1)。
(4)発症前に既にウイルス排泄者が約30%存在している。感染すると長期にわたりウイルスを便中に排泄する。排泄量は,発症初期には10^8~10^10copy/糞便1gである。排泄期間は,小児では約4週間,成人では約3週間である(文献2)。
ただし,その人の免疫状態によっては期間の長短がみられる。
(5)ノロウイルスの診断は,RT-PCR(reverse transcriptase-polymerase chain reaction)法とノロウイルス抗原検出キット:ELISA(enzyme linked immuno solvent assay)法やイムノクロマト(IC)迅速診断法,がある。
しかし,検出感度はRT-PCR法では10copy(ほぼ10個のウイルス粒子)のウイルス量であるのに対し,ELISA法やICキットは10^[5]~10^6copy以上のウイルス量が必要である。つまり,迅速診断キットの検出感度はRT-PCRの1/10000~1/100000である。
(6)追跡できた感染症例平均では,5日目の便中ウイルス量は10^[5]~10^6copy/gであった。このことより,迅速診断キットは発症後5日以内の便検体では迅速診断が可能であると言える。
以上の事実から,質問に答える。
[1]医療従事者が職場復帰する時期の目安
(3)で前述したように典型的な有症期間は1~3日であることから,下痢,嘔吐期間が3日以上も持続している可能性は低く,症状が治まれば便も固形化していると考えられる。しかし,便中にはまだウイルスが存在しているので感染源となりうる可能性は大きい。したがって,症状がみられない,固形便の確認を絶対条件として,用便後の丁寧な手洗い,マスク・手袋・ガウンなどの予防着の着装など,標準的感染予防指針の遵守を徹底すれば職場復帰は可能と考える。
ただし,症状などは個人差により異なるため,発症後に何日で症状がなくなるかに関して断定はできない。
[2]迅速診断キットで陰性を確認する必要があるか
迅速診断キットの感度から,陰性確認は不可能である。職場復帰などを目的とした検査手段にはならない。
[3]罹患者が,病院給食の調理従事者である場合はどうか
病院給食,学校給食などの集団給食や,外部の調理・食品サービスセンターなどの調理従事者に対しては,基本的には[1]と同様の予防対応が求められる。しかし,食品に携わる調理従事者であるために,関連する法的な遵守事項,いわゆる「大量調理施設衛生管理マニュアル」(文献3)が定められている。
「ノロウイルスを原因とする感染性疾患による症状と診断された調理従事者等は,リアルタイムPCR法等の高感度の検便検査においてノロウイルスを保有していないことが確認されるまでの間,食品に直接触れる調理作業を控えるなど適切な処置をとることが望ましい」と推奨されている。リアルタイムPCR検査による陰性判定までは,成人の便中ウイルス排泄期間とほぼ同じ,約3週間を要するので,その間,「食品に直接触れる調理作業」は控え,食品に直接接しない他部署での就業であれば可能である。
症状が消失したことに加えて標準的感染予防指針を遵守することが職場復帰の可能性の目安となるが,法に則り,最終的にはリアルタイムPCR法検査での陰性確認を優先すべきであると考える。
1) Glass Ri, et al:N Engl J Med. 2009;361(18):1776 -85.
2) 三好龍也, 田中智之,他:食衛研. 2006;56(11):9-15.
3) 厚生労働省:大量調理施設衛生管理マニュアル(平成9年3月24日付け衛食第85号別添〔最終改正 平成25年10月22日付け食安発1022第10号〕)
【注】本文中の記号^以下の数字は指数(累乗)を表します。