【Q】
がん地域連携クリティカルパスの策定について。
日常診療では(特に前立腺癌に対する治療では),がん地域連携クリティカルパスの方策が円滑に進められているとは言えないのではないかと感じている。現状について,識者の意見を。北里大学・佐々木治一郎先生に。 (徳島県 S)
【A】
2007年4月に施行されたがん対策基本法とそれに基づくがん対策推進基本計画では,各都道府県の二次医療圏に少なくとも1つのがん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)を設置し,地域の医療機関とがん診療に関する連携を行うことが推奨されている。がん診療に関する地域連携は,単なる医療連携でなく,最終的にその地域に住む患者が,その地で生活しながら標準的ながん医療を受けることができる,いわゆるがん医療の均てん化を目標としている。
がん地域連携クリティカルパス(通称:がんパス)は,拠点病院と地域の病院・診療所の均てん化連携ツールとして,その導入および運用が推奨されており,実質的には拠点病院の指定要件としてその運用が義務化されている(文献1)。
元来,クリティカルパス(クリニカルパスとも言う)は診断群分類別包括評価による定額支払い制度(diagnosis procedure combination:DPC)導入に基づき,入院中の診療の無駄を省き,入院期間やコストを最適化するツールとして開発された。パスを導入することで,医療の標準化が推進され,医療事故のリスクを軽減できることから,多くの病院で院内クリニカルパスが汎用されている。
院内運用が原則であったクリニカルパスを地域連携クリニカルパスとして臨床で活用するようになったが,対象疾患は少数である。その代表的なものとして脳血管障害発症後の急性期治療→回復期治療→在宅治療と役割分担する脳卒中(ストローク)パスがある(文献2)。がん以外の地域連携クリニカルパスは入院→入院の連携が主体であり,かつ一方向型である。がんパスは,がんという疾患の特異性から,通院を主体としており,一方向型でなく循環型の医療連携に耐えうるものが理想である。
現在,もともと中核の病院(拠点病院)と周囲の病院・診療所の連携が密な地域においては,がんパスはある程度普及している。一方,連携が希薄であった地域では,がんパスを作成しても,なかなか運用件数が伸びていない。このことは,がんパスによってがん診療連携が進むのではなく,がん診療連携がもともとうまくいっていた地域でがんパスが機能することを示している。さらに,がんパスの運用がうまくいっている地域でも,パスの主体は外科治療後の経過観察であり,前立腺癌に限らず通院治療連携を主眼としたパスの運用件数は少ない。
図1に全国でもトップクラスのがんパス運用件数を誇る,熊本県の医師に対する導入前アンケート調査結果を示す。患者が副作用を有する化学療法を受けている場合では,がんパスによる連携を希望する医師は10%程度と低率であった。一方,術後経過観察では60%以上の連携希望があった。熊本県では「私のカルテ」と呼ばれる県内共通パスを使用しており(文献3),前立腺癌においても術後経過観察やホルモン治療などでかなりの数が運用されている。
したがって,がんパスに関しては,日本全国共通の事項として総括することは難しく,地域連携の温度差,がん腫の違い,治療内容の違い,治療に適合する患者の状態の違い,運用補助者の有無など,その普及には多くの要因があるため,各地域で問題点を抽出し,同様の背景を持つ医療圏でがんパスがうまく普及している地域を参考にしながら運用する必要がある。また,がんパスが最終的に導く患者へのメリットを地域ごとに分析し,医療者だけでなく患者・家族を含む市民へ広く啓発していく必要がある。
1) がん対策推進基本計画.
[http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/gan_keikaku.html]
2) 脳卒中地域医療連携パス協会:東京都脳卒中地域連携計画書の手引. [http://www.renkei-pass.com/]
3) 境 健爾, 他:癌と化療. 2011;38(4):621-5.