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感染症への恐怖心が強い抗NMDA受容体脳炎既往患者への対応

No.4757 (2015年06月27日発行) P.61

飯塚高浩 (北里大学医学部神経内科学診療准教授)

登録日: 2015-06-27

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

28歳,女性。抗NMDA(N-methyl-D-aspartic acid)受容体脳炎既往歴(4年前に発症し回復,現在,抗てんかん薬のみ服用中)があり,感染症に対して強い恐怖心を抱いていますが,以下をご教示下さい。
(1)各種予防接種(インフルエンザなど)について注意することはありますか。
(2)普通感冒やウイルス性胃腸炎と思われる際にも,患者は抗菌薬の投与を希望します。必要ないと説得していますが,より良い対応法はあるのでしょうか。 (岩手県 O)

【A】

回答する前に,次のことを確認する必要があります。まず,確定診断はついているのでしょうか。つまり,発症した4年前に,NMDA受容体の各サブユニットを遺伝子導入によって細胞に発現させたcell-based assay(CBA)を用いた検査で,髄液中に抗体(抗NMDA受容体抗体)は検出されたのでしょうか。
また,本疾患に罹患した若年女性の約半数に卵巣奇形腫の残存が認められるため,この可能性の有無を確認することが重要です(「診断治療上の留意点」(文献1)参照)。卵巣奇形腫が残存している場合は,感染を契機に再発する可能性があるからです。
本疾患は,2007年1月にDalmauらによって提唱された疾患概念です。そして,わが国で発症することが知られるようになったのは2007年秋以降です(文献2)。治療アルゴリズムが提唱されたのは2011年(文献3)であり,急性期に積極的に免疫療法を行ったほうがよいという考えがわが国で浸透しはじめたのはそれ以降と思われます。したがって,本患者が2010~11年頃に発症したとすると,当時はまだ十分な診断・診療体制が確立していなかったかもしれません。
次に,確定診断がついている場合,なぜこの患者は「感染症に対する強い恐怖心」を抱いているのでしょうか。通常,本疾患に罹患した患者は発症時の状況を覚えていません。約70%に発熱・頭痛などの非特異的な感冒症状を認め,その後,著明な精神症状が急速に出現します。痙攣を契機に,急速に意識が低下し無反応状態になります。呼吸も低下し,多くは人工呼吸器管理となります。その後,不随意運動を伴いながら意識障害が数カ月~半年以上遷延します。機能回復するにはさらに半年~数年以上かかります(文献2)。
本疾患では,何らかの感染を契機に自己免疫応答が惹起される機序も推測されており,インフルエンザワクチンを含めたワクチン接種後,あるいは単純ヘルペス脳炎に続発して発症した症例も報告されています(文献3~5)。しかし,ワクチン接種を控えるべきであるという確固たるエビデンスはありません。ワクチン接種後に発症した稀な症例を除き,ワクチンを接種して感染症を予防することも重要です。これらの医学情報を回復後に誰かから聞き,感染症に対し過敏になっている可能性はあります。一方,抗NMDA受容体抗体によって精神症状が残存している可能性もあります。本抗体は長期にわたって髄内産生されると言われており,統合失調症類似の精神症状主体の不全型も知られています(文献3)。
(1)に対しては,ワクチン接種後に発熱,痙攣あるいは精神症状が出現した際にはすぐに病院を受診してもらい,適切な病院に患者を紹介することをお勧めします。
(2)については,本疾患はグルタミン酸受容体の1つであるNMDA受容体に対する抗体によって生じる自己免疫性疾患であり,細菌感染が原因ではないこと,抗菌薬を服用しても予防することにはならないことを説明するしかありません。それでも理解して頂けない場合で,かつ脳炎発症前と比べ感情や思考が大きく変化し,生活に支障をきたしている場合には,器質性精神障害の可能性があります。CBAを用いた抗体検査を髄液で行うことをお勧めします。

【文献】


1) 飯塚高浩,他:臨神経. 2014;54(12):1098-102.
2) Iizuka T, et al:Neurology. 2008;70(7):504-11.
3) Dalmau J, et al:Lancet Neurol. 2011;10(1):63-74.
4) Hofmann C, et al:J Neurol. 2011;258(3):500-1.
5) Leypoldt F, et al:Neurology. 2013;81(18):1637-9.

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