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司法解剖の意味

No.4761 (2015年07月25日発行) P.67

岩瀬博太郎 (千葉大学大学院医学研究院法医学教室教授/東京大学大学院医学系研究科法医学教室教授)

石原憲治 (千葉大学大学院医学研究院法医学教室)

登録日: 2015-07-25

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

司法解剖は,刑事訴訟法第168条「鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,裁判所の許可を受けて……身体を検査し,死体を解剖し,墳墓を発掘し,又は物を破壊することができる」に基づいていると思いますが,「解剖」とは何を指しますか。鑑定処分許可状が出るまでは,指一本触れてはいけないのか,それとも破壊的な行為でなければよいのですか。 (京都府 I)

【A】

そもそも刑事訴訟法の鑑定に関する条文は,裁判官の許可状を条件にほかの法令で禁止されている行為の違法性を阻却するための規定です。死体の解剖もこの規定によって刑法にある死体損壊等罪(第190条)に問われなくなります。
「損壊」とは,「死体等を物理的に損傷・毀壊すること」(最高裁判決昭和23年11月16日)を言い,「屍姦は損壊に当たらない」(同)とされていますので,指一本触れてはならないというわけではありません。ですから,この刑事訴訟法の規定から考えられる解剖とは,死体等を物理的に毀損して行う医学的検査ととらえるべきでしょう。
それでは,医師による,死亡診断や死体検案を目的とする穿刺などの侵襲行為は,どう位置づけられるのでしょうか。実は,この点は,「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(死因・身元調査法)」(平成24年法律第34号)の成立以前はあいまいでした。同法第5条で,「警察署長は,前条第一項の規定による報告又は死体に関する法令に基づく届出に係る死体(省略)について,その死因を明らかにするために体内の状況を調査する必要があると認めるときは,その必要な限度において,体内から体液を採取して行う出血状況の確認,体液又は尿を採取して行う薬物又は毒物に係る検査,死亡時画像診断(省略)その他の政令で定める検査を実施することができる」とし,第2項で,「前項の規定による検査は,医師に行わせるものとする。ただし,専門的知識及び技能を要しない検査であって政令で定めるものについては,警察官に行わせることができる」と規定したことによって,グレーゾーンが解消されたと言えます。
そして,本法によって委任された政令である「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律施行令」(平成25年政令第49号)第1条で,検査の内容として「一 体内から体液を採取して行う出血状況又は当該体液の貯留量の確認」など6項目を定めました。同法第6条に解剖の規定が別に設けられていることから,解剖とは内部をあらわにして行うものであり,検査に伴う侵襲行為とは別の定義が与えられることが確認されたことになります。
これによって,解剖の定義が補強され,警察に届け出られた死体については,解剖に至らない侵襲行為が,警察署長の判断のもとで許容されることになりました。ただし,警察への告知なしで医師が独自の判断で行う侵襲行為はいまだに法的根拠が明確ではありません。また死因が明らかな病死とは診断できず,司法解剖等,法医解剖の実施の可能性がある場合は,侵襲行為によって証拠保全を妨げる可能性もありますから,法医学的立場からすれば,極力穿刺等の侵襲的検査は避けるべきでしょう。

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