【Q】
59歳,男性。降圧薬内服中。急に右下肢のしびれをきたし,脱力状態,歩行困難となり,付添人とともに車椅子で救急外来受診。来院時は意識清明,血圧142/90mmHg。腰部以下の右半身(下半身)の知覚低下。下肢の粗大筋力は比較的保たれていたものの,右腸腰筋に明らかな低下(徒手筋力検査:3~4程度)がみられました。特に右下肢が不安定で歩行できる状態ではありませんでした。頭痛や眠気なし,頭部CTで異常なく,会話なども特に問題なし。今回は急な発症で,その前に急に胃のあたりが痛くなったと言います(これはまもなく消失)。どういう疾患が考えられるのかご教示下さい。 (秋田県 F)
【A】
ご提示頂いた診療情報から,まず診断に挙げるべきものは脊髄血管障害です。緊急性が高く,予後に大きく影響する大動脈解離や脊髄梗塞などの致死的疾患の可能性を考える必要があるからです。
上記診断に至る推論の過程を提示いたします。「脱力」,「しびれ」といった神経学的異常所見が認められた場合,各々の局在について神経解剖を考えます。筋力低下は,運動ニューロン経路の障害で,その経路は,皮質運動野→放線冠・内包後脚→脳幹の錐体路→錐体交叉→皮質脊髄路→脊髄前核細胞→脊髄前根→末梢運動ニューロン→標的筋です。知覚異常は,感覚ニューロン経路の障害で,その経路は,皮膚などの受容器→脊髄後根→脊髄視床路→視床→放線冠・内包後脚→皮質体性感覚野です。
本症例で該当するのは「内包後脚」「大脳皮質」「脊髄」「末梢神経」になります。一方で,覚醒障害はなく会話にも問題はないため,大脳皮質・脳幹病変は考えにくいでしょう。「内包後脚」障害は,その構造から上下肢麻痺が同程度に起きることが多いため,右下肢麻痺という限局した病変のときには,局在としては「脊髄」「末梢神経」が最も考えやすいと思われます。「脊髄」であれば,脊髄視床路,皮質脊髄路が同時に障害される病態が考えられ,これは前脊髄動脈の血管支配領域と一致します。「末梢神経」であれば,腸腰筋力の低下から,その支配神経であるL1/L2障害が考えられます。
局在推定の後に,成因を推察していきます。そこで,病歴,随伴症状が重要な情報となります。「急性発症」の病歴から,局在に急激な変化を引き起こす成因が考えられます。血管性病変による急激な血流の破綻や解剖学的構造の変化を示唆します。高血圧の既往があり,血管性病変の事前確率は高いと考えます。前駆症状として「心窩部痛」があるため,Th7の関連痛の可能性があります。また,同部位での脊髄病変が考えられます。
総括すると,「脊髄」ないしは「末梢神経」の「血管性」ないしは「急激な解剖学的変化を伴う」病変であり,Th7近傍に発症起源を持つものが疑われます。まず疑うべきは,冒頭に挙げた脊髄血管性病変の中でも脊髄梗塞です。その原因となる下行大動脈解離も除外すべき疾患です。脊髄を栄養する大動脈からの枝のアダムキュービッツ動脈(artery of Adamkiewicz)の好発部位がTh7~L2であるからです。脊髄梗塞は稀ですが,動脈硬化のリスクがある壮年~高齢男性に起きた突然発症の下肢麻痺の鑑別に挙がる疾患です。先行して梗塞部位の支配領域に一致した疼痛を伴うことが多くあります。その成因としての大動脈解離も考慮すべきものですが,認められない症例も多く,前脊髄動脈から脊髄に入る終末動脈である溝交通動脈の解離の可能性があります。
一般的に動脈解離,脊髄梗塞では両側性の病変となることが多く,本症例は非典型的ですが,今後の予後に関わるという点から,まずは確実に除外が必要な病態と考えます。片側性という意味では,脊髄炎,多発性硬化症が鑑別に挙がります。
これらも機能予後に関わり,治療可能な病態です。上記が除外された場合,これらの除外のために検査を進めるべきかと思われます。
そのほかの鑑別診断として,特発性脊髄硬膜外血腫,うっ血性脊髄症,髄内血腫が挙がりますが,いずれも発症部位や症状が異なります。一方,内包後脚の一部の機能だけ喪失する脳梗塞の報告,前頭葉内側脳梗塞による歩行開始困難が診察時に下肢麻痺として表現された症例もあるため,頭部MRIによる脳梗塞除外は必要です。
そのほか,機能予後に関わり,治療可能な病態として,多発性硬化症も除外すべき疾患になります。これらの疾患が認められない場合には,臨床症状としては非典型的ですが,頻度が高い疾患として胸椎-腰椎椎間板を確認すべきと思います。早期診断・早期治療が予後につながるため,迅速に行うべきでしょう。
【参考】
▼ ペーター・ドゥース, 他:神経局在診断 その解剖,生理,臨床. 改訂第5版. 文光堂, 2010.
▼ 亀田知明:脳卒中. 2010;32(4):351-6.