森 鷗外が1909(明治42)年に発表した『仮面』(岩波書店刊)には、肺結核の学生に対する杉村博士の対応が描かれていて、医の倫理というものを考える上でも興味深い作品である。
この作品は、自分が結核であることを知って絶望している山口という学生に、杉村博士が自分もかつては結核だったことを告白し、学業や生活を制限しない特別な治療を施すことを約束して、その学生に生きる希望を取り戻させるという話である。したがって、この作品が、杉村博士の学生に対する善意を描いていることは間違いないが、医の倫理という観点から考えると、博士の対応にはいくつかの不可解な点がある。
第1は、かつて杉村博士自身が結核であることを知ったときの対応である。1892(明治25)年10月24日、親指ほどの血痰を喀出した博士は、「健康な肺から血が出るということは、絶対的にない」ということを知りながらも、「人に知らせたくない」とか「自分の運命は自分で掌握していたい」などの理由で、検査を先延ばしにしている。
その間、彼のもとへは、教授仲間が話しにきたり、学生が質問にきたりしていたのだが、彼が自分の血痰を顕微鏡で覗いてみたのは、血痰喀出から10日後の11月3日である。そしてそのとき、彼は自分の血痰の中に結核菌を見出すのだが、それでも彼はそれから17年間、そのことを誰にも打ち明けずにきたという。
もしこれが事実だとすると、杉村博士は、少なくとも2つの点で間違いを犯したことになる。
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