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森鷗外の『仮面』 ─ 続・文学にみる医師像 [エッセイ]

No.4827 (2016年10月29日発行) P.74

高橋正雄 (筑波大学人間系)

登録日: 2016-10-30

最終更新日: 2016-10-26

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  • 森 鷗外が1909(明治42)年に発表した『仮面』(岩波書店刊)には、肺結核の学生に対する杉村博士の対応が描かれていて、医の倫理というものを考える上でも興味深い作品である。

    この作品は、自分が結核であることを知って絶望している山口という学生に、杉村博士が自分もかつては結核だったことを告白し、学業や生活を制限しない特別な治療を施すことを約束して、その学生に生きる希望を取り戻させるという話である。したがって、この作品が、杉村博士の学生に対する善意を描いていることは間違いないが、医の倫理という観点から考えると、博士の対応にはいくつかの不可解な点がある。

    第1は、かつて杉村博士自身が結核であることを知ったときの対応である。1892(明治25)年10月24日、親指ほどの血痰を喀出した博士は、「健康な肺から血が出るということは、絶対的にない」ということを知りながらも、「人に知らせたくない」とか「自分の運命は自分で掌握していたい」などの理由で、検査を先延ばしにしている。

    その間、彼のもとへは、教授仲間が話しにきたり、学生が質問にきたりしていたのだが、彼が自分の血痰を顕微鏡で覗いてみたのは、血痰喀出から10日後の11月3日である。そしてそのとき、彼は自分の血痰の中に結核菌を見出すのだが、それでも彼はそれから17年間、そのことを誰にも打ち明けずにきたという。

    もしこれが事実だとすると、杉村博士は、少なくとも2つの点で間違いを犯したことになる。

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