第10巻の表題となった『バタフライ和文タイプ事務所』は『妊娠カレンダー』『博士の愛した数式』などで芥川賞、本屋大賞などを受賞した小川洋子の短編小説(池内 紀・川本三郎・松田哲夫、編、新潮社、2015年刊)
1冊の本には幾つもの時間が重なっている。小説であれば、物語内部の時間と、それが書かれ発表された外部の時間が存在する。また、書物というモノに関わる時間として、奥付の出版年月日と実際に購入した日付がある。そして、読み始めた日と読んでいる今現在の時間が重なる。さらに、かつて読んだ本を再読するなら、新たな時間が加わる。読書には、内容を読む愉楽のほかに、折り重なった過去の時間に思いを馳せる楽しみがある。
新潮社が新潮文庫創刊100年を記念して企画した『日本文学100年の名作』は、1914年から10年刻みで1巻ずつ、その時代に発表された小説を経時的に味わうことができる短編集である。アンソロジー(複数の作家の作品集)という形式の面白さは、自分が知らなかった作家や作品を発見するところにあるが、加えて、1世紀にわたる時代の変化と小説の変遷、言葉の推移をも体感させてくれるシリーズは、なかなかないように思う。
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