日本の民俗学の創始者である柳田國男(1875~1962)が岩手県遠野郷を中心とした地域の民話を自ら編集して1910年に発表した初期の代表作。本編119話、続いて発表された『遠野物語拾遺』には299話が収録されている(柳田國男、河出書房新社、1992年刊)
『遠野物語』は私のこれまでの人生で3度深い感銘を与えてくれた。1度目は高校生のときで、単に妖怪や幽霊についての変わった説話集ととらえた。2度目は大学時代で、医学部6年生の夏休みに2週間も北アルプスを彷徨するほど山登りに熱中していたときのこと。遠野の郷に住む山の民の経験談を自分の登山体験に照らして、共感するところを感じた。3度目は神経内科の専門医として働き始めて数年経った頃で、ふと手にして読み直し、「これは問診録と同じだ」と感じ入った。
恩師からよく、「患者さんが『頭が痛い』と言うのを『頭痛』と書いてはいけない。必ずその内容を患者さんが述べたままに記載するように」と言われていたが、まさに『遠野物語』は体験者からの聞き取り調査に近く、その意味で優れた医師の問診録に等しいと言える。
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