私たち精神科医は診断の補助手段をあまり持っていない。X線などの画像診断や血液検査では精神疾患は診断できない。ただひたすら、目の前の患者の話を聞くのみである。聞いた話を自分の経験に照らして診断をつけていく。
ある患者が次のような話をした。インスタントラーメンをつくるために鍋に水を汲んで沸かしているときに、ラーメンに乗っている半熟卵を思い出し、ゆで卵をつくろうと思いついた。そこで、生の卵をお湯に入れ、沸騰させて数分経った頃にインスタントラーメンを投入した。そのとき、彼の調理を見ていた奥さんが烈火のごとく怒ったそうだ。その理由は、インスタントラーメンをつくるお湯の中で生の卵を茹でると、卵の表面が汚れているのでお湯が汚れるのではないか、という点であったという。普通は何となくわかるものであるが、彼には「何となく」という部分が通用しなかった。
有名な逸話では、「風呂を見てこい」と言われ、風呂をちらっと見て戻ってきた、という話がある。「風呂を見る」という行為の言外に、水位や湯加減を確認する、という意味が込められているが、それが通じない人たちがいる。
残り540文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する