平成28年4月から浜松医科大学医学部附属病院の病院長を拝命し、半年が過ぎました。今の感想は、「なかなか思うようにいかないな」が実感であります。
私が院長就任後に一番の目標としたのが、手術数を増やすことでした。手術室の整理、そして看護師と助手の役割分担をはっきりさせ、スムーズに手術室の運営がいくはずでした。またハイブリッド室の構築、ダヴィンチの購入などで患者人気は高まり、手術数の大幅増を夢見ていました。しかし、なかなか思うようにはいきません。今までは、病院全体の管理経営は気にすることなく、整形外科だけの管理・運営、そして研究や教育に重点的に焦点を当て集中することで、自分なりにこの7年間ある程度軌道に乗ってきたと思っていました。
今は病院全体の管理・運営、特に経営に関しては今まで素人同然の私にとってかなりのストレスを感じる今日この頃です。毎日経営を気にし、また医療安全関連の事故も多く報告され、これに加えて整形外科関連の学会参加、教室運営、そして臨床、研究、教育……1人の体ではもちません。重責に押しつぶされそうな気持ちになることもあり、悩みが絶えません。
どうしたらこの似たようで似ていない集団を同じ方向へ向けることができるのか、またこの多くの仕事を解決できるのか。
今まで生きてきた中で培ってきた私のポリシーがあります。困ったときにはこれを必ず思い出し、そして大声で心の中で叫びます。
【ポリシー5カ条】
1:困難な症例を進んで行うべし(K)
2:ことわるべからず(K)
3:最後まで最善をつくせ(S)
4:感謝の気持ちを忘れるな(K)
5:いつも笑顔と笑いを大切に(I)
それぞれの頭文字をアルファベットにしてKKSKI。以上、KKSKIの5つは常に自分にも自問自答しながら生きてきました。
1の困難な症例ほど進んで治療に取り組むには、十分な知識と技術、チャレンジ精神、そしていたわる優しさが必要。
2のことわるべからず、は何事も依頼された仕事はまず引き受けること。依頼者(目上の人、あるいは友人、後輩)は、あなたの能力を信じて頼んできているのです。自分の持つ能力に限界をつけるべきではありません。依頼をことわることは自分に限界をつけることで、また一度ことわると依頼は減っていきます。わざわざ自分で、自分を小さくする必要はなく、まず引き受けて努力すべきです。ことわる時は倒れる時です。
3の最後まで最善をつくせ、は途中であきらめることなく1つ1つを貫徹することが大切。いい加減に物事をすませるのではなく、「自分がしてもらうなら、このようにしてもらいたい」と思うような最高の出来上がりをめざして努力を惜しまないことです。
4の感謝の気持ちを忘れるな、は人生すべてに通じます。人は誰しも1人だけの力では生きていけません。すべて周りの人の助けがあってこそ生きていけることを忘れてはいけないのです。どんな結果になろうとも、すべてを感謝の気持ちで受け入れるべきであり、憎む気持ちはあってはなりません。「ありがとう」の一言で、人はお互いに明るくなれるのです。
5のいつも笑顔と笑いを大切に、は笑顔と笑いはすべてを幸せな気持ちで満たしてくれます。患者さんは常に痛みや悩みを持って来院されます。診療する私たちが決してしかめっ面をして診療してはいけないのです。患者さんの顔を見ず、パソコンばかり操作することは言語道断。パソコンの内容は二の次、三の次。まず患者さんの悩みや痛みに共感し、そして温かい笑顔と笑いで時間を共有すべきなのです。そうすることで、きっと診療する私たちも、それを受ける患者さんも幸せになれるでしょう。
このKKSKIを心の中で叫ぶと、不思議と心は落ち着きます。
またもう1つ、大切なことがあります。それは物事を行う上で、決して損得を考えて行うべきではない、ということです。損得を考えての行動から生まれた結果は長続きはしません。また、人が嫌がることを率先して行いましょう。きっとみんなが幸せな気分になれると思います。こんな穏やかな気持ちになって、また苦境打開策を考えてみます。どのようにして巨大な組織をよいチームに導いたらよいのでしょうか。
私は、患者さんを少しでもよくしたい、笑顔を戻してあげたいといった情熱さえあれば、どんなに忙しくても、また合併症にみまわれて辛くても、その困難を乗り越えることができる、そんな心意気を持ったチームづくりが最も大切だと信じています。
よいチームをつくる上で大切な名言があります。「人を熱烈に動かそうと思ったら、相手の言い分を熱心に聞かなければならない」これはデール・カーネギーが1937年に出版した『人を動かす』の中の一文です。カーネギーは他者を認める重要性を説き続け、その中で大切な12原則を提唱しています。
①議論を避ける、②誤りを指摘しない、③誤りを認める、④穏やかに話す、⑤イエスと答えられる問題を選ぶ、⑥しゃべらせる、⑦思いつかせる、⑧人の身になる、⑨同情を持つ、⑩美しい心情に呼びかける、⑪演出を考える、⑫対抗意識を刺激する。
浜松医科大学も情熱的で常に感謝の気持ちを持ち、そしてチャレンジ精神旺盛なチームワークをめざして、この難局を乗り越えていきたいと思います。