医学界では鼻腔や腹腔を腔(くう)という誤読が堂々と罷り通っている。腔を本来は「こう」と読む。生物学界ではクラゲやイソギンチャクなどの腔腸動物を正しく「こうちょう」と読んでいる。また、医学界では筋弛緩薬の弛緩も「ちかん」という誤読が通用している。弛緩は正しくは「しかん」と読むが、奇妙なことにパソコンに「ちかん」と入力すると、置換と痴漢のほかに「弛緩」も画面に表示されるから、弛緩(ちかん)という誤読は一般社会でも慣用化されていると考えられる。そこで、誤読の慣用化に関するささやかな考察を試みてみたい。
ある週刊誌の漢字クイズに誤読の問題が載っていた。貼付を正しくは「ちょうふ」と読むが、「てんぷ」という誤読が慣用化している。「添付」という紛らわしい動作の影響だろうか。また掉尾(とうび)を「たくび」と読む人がいる。卓の字画に惑わされて、掉(とう)も「たく」だと早とちりしたようである。
昔は洗滌(せんでき)という言葉があった。滌を「でき」と読むが、條(じょう)の連想から「せんじょう」という誤読が定着した。滌が常用漢字ではないので、皮肉なことに「せんじょう」という誤読に由来する「洗浄」という新しい表記が誕生した。胃洗浄や腟洗浄など、医学界でも専ら「洗浄」が使われており、洗滌は死語同然になってしまった。
表題の「病入膏肓」は「病(やまい)膏肓(こうもう)に入る」という読み方が定着しているが、膏肓を正しくは「こうこう」と読む。膏肓は鍼灸の「つぼ」の名称である。亡の下に月を書く肓(こう)を、目を書く盲(もう)と見誤ったのが発端と思われる。誤読も慣用化されて辞書にも採用されると、もはや誤読とは呼べなくなる。