先天異常学の研究を始めたのは大学院を修了してからである。当時は、水銀やカドミウムなどの環境汚染物質が社会的に大きな話題となっていた。そこで、私たちもまずは胎児の発育や精子、卵子形成に的を絞り、重金属の影響について研究を始めた。しかし、生体物質について研究をしたいと考えていたため、重金属ではないが、ミネラルである亜鉛も研究テーマとなった。
まず亜鉛のみを除いた飼料、いわゆる亜鉛欠乏飼料をつくらねばならない。しかし、素人の私たちには完成するまでに2年かかった。結論は、飼料に卵白を使用する場合には水溶性ビタミンのひとつであるビオチンを添加すること、この原則を知らなかったことである。つまり、妊娠動物は亜鉛欠乏と同時に、ビオチン欠乏にもなっていた。しかし、私たちの研究成果は、ビオチン欠乏の胎児影響として、定説を覆すことになった。正に瓢箪から駒である。
先天異常学を一応専門にしていたが、ひょんなことで栄養学に興味を持ち、ビタミン学分野に足を踏み入れることになった。そして、無謀にも先天異常学と栄養学というまったく相反する異分野の二足の草鞋を履くことになった。ビオチンに始まり、その後レチノイン酸、そしてビタミンB12、葉酸とビタミン学の研究も発展させてきた。この間、医学、先天異常学に加え、栄養学、農学、ビタミン学の分野の人々と交流を深めることになった。
自分と異なった分野の人々に自分の専門分野を話したことがあるだろうか。自分の専門を十分に理解しているかどうか不安なのに、他分野を理解できるのか、また他分野の人々に説明ができるのか。井上ひさし氏の言葉に、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、……」というものがある。これが異分野と交流するための極意かもしれないと感じている。
異分野には無限の可能性が埋もれている。まずは異分野に飛び込むことだろうか。私の場合には、否応なしに異分野の知識が必要となった。わずかな経験であるが、異分野とのコミュニケーションによって、新たなブレークスルーが生まれてくる。これはいくつになっても同じである。