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【私の一冊】合理的な愚か者:経済学=倫理学的探究

No.4691 (2014年03月22日発行) P.75

高橋英彦 (京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学教室准教授)

登録日: 2014-03-22

最終更新日: 2017-08-04

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1933年イギリス統治下のインド・ベンガル州に生まれたアマルティア・センは、現在ハーバード大学の経済学・哲学教授。本訳書は、センの70年代の重要論文をその論文集から訳出したもの(大庭 健・川本隆史 訳、勁草書房、1989年刊)。〔写真は筆者提供〕

Cool Head, but Warm Heartを忘れず、Rational Foolとなるな

センはアジア人初のノーベル経済学賞を受賞した経済学者である。なぜ、精神科医である私がこの本に出合ったのか。精神疾患の行動異常を意思決定の障害と捉え、その脳内過程の研究(神経経済学)をしたいと考え、意思決定研究の蓄積がある経済学に触れるようになった。しかし数式ばかり出てくる文献を見て、個々の患者を知りたい私にはやはり無縁の領域かと考えていたところに、刺激的な題名が目に飛び込んできた。経済学に人間味を感じ、その後、カリフォルニア工科大学に留学し、経済学者との共同研究を動機づけてくれた一冊である。

経済の語源は経世済民〔世を經(おさ)め、民を濟(すく)う〕とされる。マクロ経済学を確立させたケインズの師マーシャルも、経済学者はCool Head, but Warm Heartであるべきと述べた。しかし、その後の経済学でも利益を追求する合理的な経済人を想定する功利主義が根強かった。センは、そのような冷たい経済学では貧困という経済学が取り組むべき問題は解決されないと考え、合理的経済人をRational Foolと痛烈に批判した。

センは、私利私欲の追求に勝るとも劣らず、共感とコミットメント(使命)を行動の規範とすると述べる。単に共感や使命が大事だと唱えるだけでは義務論的倫理観にすぎないが、センは経済学の冷静な頭脳の方法は否定せず、本書の訳者の言葉を借りるならば、経済学にWarm Heartを、倫理学にCool Headを取り戻させようとしたとも言える。

Cool Head, but Warm Heartを忘れず、Rational Foolとなるな。医学の診療・教育・研究すべてにおいて、大事にしたい言葉である。

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