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【私の一曲】Herma(1960~61年)

No.4690 (2014年03月15日発行) P.78

上杉 春雄 (札幌麻生脳神経外科病院神経内科医長/ピアニスト)

登録日: 2014-03-15

最終更新日: 2017-08-09

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クセナキスの協力者でもあった作曲家・ピアニスト高橋悠治氏の演奏によるクセナキスとオリビエ・メシアンの現代ピアノ独奏曲を収録した1976年録音盤。(CD版は日本コロムビアCOCO-73224)〔資料協力:日本コロムビア〕

常に変化する世界の中での、終わりのない挑戦

ヤニス・クセナキス(1922~2001年)は、第二次世界大戦下アテネ工科大学在学中にパルチザン活動で左目を失い、さらに死刑宣告を受けてパリに亡命。大建築家ル・コルビジェの下でエンジニアとして働く傍ら、数学を使った前衛的な作風で音楽界に衝撃的デビューを果たした。

Herma(ヘルマ)とはギリシャ語で、foundation,embryoなどの意を持つ。副題の“Musique Symbolique”は、記号論理学(symbolic logic)のアナロジーであり、ピアノの88の鍵盤から選んだ3つの音集合と、その補集合、和集合、積集合を使って演算が進められる。時間的にはポアソン分布が応用されているという。

自然を眺めて直ちに物理法則が理解できるものではないように、そのような理論が直接聴こえるのではない。聴こえてくるのは西洋調性音楽から“完全に”自由になった音の粒子の自由運動そのものだ。万物の源である素粒子は宇宙空間を飛び回っており、それらが集合離散する中で何ものかが生まれてくる態を音で表しているようにすら感じる。

音もリズムもすべてが近似的に記譜されており、真実とはある確率的な範囲の中でしか言及できない、ということを伝えている。その確率密度の揺らぎの中で新しい世界が生まれ移ろっていくのだ。

ピアノ曲中最難曲と言われるこの曲を、昨年のコンサートツアーで取り上げた。習得には苦労したが、その際、初演者でクセナキスと親しかった高橋悠治氏からずいぶんと教示を受けた。氏から、ソクラテスがプラトンに伝えたという「試練のない生は、生きるに値しない」という言葉を、クセナキスが座右の銘にしていた、と伺ったことが印象深く残っている。

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