幕末から明治にかけて活躍した医師・関寛斎の生涯を詳細な調査・考証の上に構成した長編歴史小説。
乾 浩 著(新人物往来社、2008年刊)
〔写真は筆者提供〕
赤ひげとは山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』に登場する架空の人物で、江戸・小石川の養生所で人道的な医療を行った医師である。本書は、筆者が最も尊敬する医師で、まさに実在した赤ひげ先生「関寛斎」の生涯を描いた感動的な書籍である。
関寛斎は、佐倉順天堂で佐藤泰然から蘭方医学を学び、さらに長崎の医学伝習所でオランダ海軍軍医ポンペから最新の西洋医学を伝授された幕末きっての外科医であった。阿波蜂須賀家の国詰侍医に就任し、明治維新の戊辰戦争では官軍側の奥羽出張病院頭取(野戦病院長)として敵味方の区別なく負傷兵の治療に当たった。戦後は政府高官への道を固辞し、徳島に戻って市井の医師として庶民の治療に当たったが、札幌農学校を卒業した四男とともに72歳で北海道の開拓に入り、斗満(トマム)、現在の足寄郡陸別町に関牧場を立ち上げた。
過酷な気候、ヒグマや害虫による被害、従業者の離脱、妻の死去、四男の日露戦争出征など苦労の連続であったが、農場の経営は徐々に軌道に乗ってゆく。しかし、四男の帰還後は農場の経営方針をめぐって意見が対立し、82歳で自らの命を絶つに至った。寛斎は仕事の傍ら、医師として従業者やアイヌの人々の治療を無償で行い、神のように崇められ、死後は彼を祭る関神社まで建てられている。
本書を通読すると、寛斎は時の権力や権威に迎合せず、社会的善を求め、清貧に甘んじ、夢と理想をひたむきに追求した人物であったことがよく分かる。医師である以前に一人の人間として自分の人生、自分の使命をどう捉えるか、自分の進むべき道とは何かを改めて考えるきっかけになる一冊である。