【Q】
ヒッグス粒子について,わかりやすく解説を(統一論に及ぼす影響など)。(熊本県 S)
【A】
自然界には4つの力(電磁気力,重力,弱い力,強い力)がある。宇宙誕生直後(10−10秒)の世界では,電磁気力と弱い力が統一されることが,ヒッグス粒子発見によりわかった
2012年7月の発見会見から,翌13年のノーベル物理学賞のスピード受賞まで,科学雑誌のみならず一般報道でも,「ヒッグス粒子」はよく誌面を飾った。「iPS細胞」のように,役に立つ(かもしれない)ものと違って,基礎科学の極みである素粒子研究がなぜこんなに大きくクローズアップされたのか?発見の意味を「上から目線」でまとめてみた。
「上から」と言うのは,より本質に近い(?)という意味であり,宇宙誕生がこんなふうだったのかな?という予断を含むものだからである。目の前の患者の病と日々闘っている読者から見ると,予断だらけの道楽に思えるかもしれないが,これが素粒子研究者が思い描いているシナリオだと思って,しばしSFのような話をお楽しみ頂きたい。
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素粒子があっても,その間に「力」が働かないと何も起きない。どんな力が,どういうふうに働いているかを研究することが,素粒子研究の大きな柱である。
実は,力を伝えるのも素粒子なのである。ボールをやりとりすると,投げ手,受け手,ともに力が働く。これと同じで,ボールに対応する素粒子を交換することで,投げ手,受け手の素粒子に力が及ぶのである。
人類の歴史の中で様々な力が発見され,それぞれ別々と考えられていたものが,同じものだったことが判明し,「統一」されていった。この統一が物理学の歴史そのものである。図1にその経緯を示す。横軸は,宇宙の温度であるが,現代から遡った時間の長さと考えてもよい。たとえば,18世紀に発見された電気の力と,紀元前の中国で発見されていた磁気の力は,19世紀に電磁気力として統一され,この力を伝えているのが光という素粒子である。光の研究の過程で,アインシュタインの特殊相対性理論が生まれ,時間と空間が統一され,「時空」という概念が生まれた。力とは関係ないだろうと思われるかもしれないが,以下の重力に関する説明で力と深く結びつく。
ガリレオが研究していた地上の物体に働く力と,ケプラーが研究していた天体の運行が,ニュートンによって万有引力として統一され,重力となった。
この重力は,他の力と異なり,時空自体のゆがみ(一般相対論)である。重力を伝える重力子(未発見の素粒子)が時空を歪ませている。
残念なことだが,福島の原発事故以降よく聞くようになった137Csや131Iなどの核種が放射線を出すのには,「弱い力」という力が働いている。これらの半減期が,数日から30年と非常に長いのは,伝わる力が「弱い」からである。この力を伝えているのが,W粒子やZ粒子と呼ばれる素粒子であり,他の素粒子と比べて破格に重い。この重さ故に力が「弱く」なっている(なぜなら重い粒子はなかなか作れないからである)。
これらに続く4つめの力が湯川秀樹先生の研究が出発点になっている「強い力」である。これは原子核を非常に小さな大きさ(10−15m)にまとめている力で,他の力と比べて強い。グルーオンという素粒子が伝えている。
このように4つの力(電磁気力,重力,弱い力,強い力)が自然界にあることがわかっている。
素粒子の「標準理論」は,重力以外の3つの力を記述するもので,ヒッグス粒子の発見でうまくいった。しかし,物理学者は「3つ(重力も加えれば4つ)もあると変!」と考える。きっと宇宙誕生直後は同じものだったのが,宇宙が膨張して冷えると別のもののように分岐したと思っている。これが,図1の右側で,これらの力がまとまっている理由である。
物理学はSFでなく実証学問である。どうやって調べるのか?宇宙誕生直後を人工的に再現するのである。図2〔欧州合同原子核研究機構(CERN)提供〕は,ジュネーブ郊外にある同研究所で地下に建設された1周27kmの大型加速器(large hadron collider;LHC)の航空写真である。この実験装置を使って,陽子(水素原子の原子核)を光速の99.999997%まで加速し正面衝突させる。これで宇宙誕生直後(10−11秒)の世界を一時的に再現し,ヒッグス粒子を取り出したのである。
何からヒッグス粒子を取り出したのだろうか?「真空」は,「まことのから」と漢字で書くが,実は空っぽなのではなく,ヒッグス粒子が隠れていたのである。ヒッグス粒子は,「弱い力」を感じるので,真空も弱い力に関係している。このため,W粒子やZ粒子が重くなり,弱い力が弱くなっているのである。ヒッグス粒子が,自由に取り出せるような高温の状態では,ヒッグス粒子が隠れていないため,W粒子やZ粒子は,重くなく「光」と同じになる。宇宙誕生直後(10−10秒)の世界では,電磁気力と弱い力が統一される。つまり,4つの力が3つに統一されるのである。それが図1の右上に対応している。ヒッグス粒子発見は,この統一を意味している。
強い力まで含めた統一(大統一)が次のステップである。大統一のためには,「超対称性粒子」の発見が必要であると思われている。超対称性というのは,素粒子のスピンという性質に関する対称性である。この大統一が破れたのが,宇宙誕生直後(10−34秒)と考えられており,それまで自由だった「色つきヒッグス粒子」(今回発見したヒッグス粒子とは違うが,同じような性質を持っている)が真空に隠れたときのエネルギーで宇宙が大膨張(インフレーション)したと考えられている。
最後の重力の統一(超統一)は,もう1つ大きな発見が必要になる。重力は,時空の歪みである。スピンは素粒子から空間がどのように見えているか(時空と素粒子を結ぶ)重要な性質であるので,上述した超対称性粒子の発見は,時空と素粒子を結ぶミッシングリンクである。だが,これだけでは不足である。横にいる人の熱(これが光)を感じても重力を感じることはない。重力は,他の3つと比べると40桁ぐらい無茶苦茶弱い。相手が地球だから感じることができる。
どうやってこの弱さを説明するか?我々は10次元の世界にある4次元の面の上に住んでいると考える。重力を伝える素粒子は,10次元を自由に行き来できるが,我々は4次元の平面に張り付いている。たまたま近くにきたときだけ重力を感じる“たまたま”効果で弱さを説明しようとする。SFのような話であるが,残りの6(10−4=6)次元がLHCで発見されるかもしれない。それが何年か前に騒動になった「ブラックホール生成?」騒ぎである。超対称性粒子と10次元の2つの発見が,最後の統一に必要と思われている。
これが宇宙誕生の瞬間である。
自然科学は,実験事実を積み重ね,帰納的に原理を発見していく「下から目線」の学問である。今回の予断だらけのシナリオ(最後の重力は特に予断だらけである)が,シナリオ通りにいくとは思えない。意外な発見が研究の本当の面白さである。