柔道の創始者・嘉納治五郎は、いくつかの流派の柔術を納め、各流派の長所を統合して柔道を創設した。柔道は、力を最も効率的に活用(精力善用)することで勝ちを制することができるが、修行の目的は単に相手に勝つことではなく、自分も相手も共に成長(自他共栄)し、社会に貢献することであるとして、「精力善用 自他共栄」を柔道の本質とした。この人材育成、社会貢献に重きを置いた指導法が、柔道を講道館から日本全国、そして世界に広めたと言える。
1964年の東京オリンピックで初めて柔道競技が採用されたとき、無差別級決勝でオランダのアントン・ヘーシンクが日本の神永昭夫を破り、金メダルを獲得した。喜んだ応援者たちが会場の畳に上がろうとしたところを、ヘーシンクは厳しい顔と動作で制止し、神永と心からの礼法を行い、握手を交わした。敗れた神永も悪びれることなく、礼を尽くし相手を讃えた。日本柔道に指導を受けたヘーシンクは、その精神を会得していたのである。日本柔道が真の世界柔道となった瞬間でもあった。その後も柔道はヨーロッパ、特にフランスなどで子どもの教育や国民的スポーツとして広まっている。
医療人であり柔道家でもある私は、「精力善用 自他共栄」を人生の座右の銘としている。医療においても、社会のいろいろな組織においても「精力善用 自他共栄」の理念は活用できる。
当院の本年度の品質目標のひとつは、チーム医療の強化としている。高度に進化し複雑化した現代医療においては、多職種が協力するチーム医療なくしては質の高い医療はなしえない。医療安全に関しても、チームとして対応することが、医療事故の防止や被害の拡大予防には必要である。多診療科の医師や歯科医師、看護師、薬剤師、診療支援部門の技師や事務、管理栄養士など、あらゆる多職種の一人ひとりが高い志を持ち、最大限有効に自らの専門的知識や能力を用いること(精力善用)と、良好な連携でチームのパフォーマンスが上がることで、病院の質や患者さんの満足度は向上する(自他共栄)と考えている。