ルイス・キャロルの作品に『鏡の国のアリス』がある。この物語で「生きた花の庭」におりたアリスが、突然走り出す場面がある。しかし、走れど、奔れど、木やまわりの風景がまったく変わらない。どんなに速く走っても、何も過ぎ去らない。驚いたアリスが「なにもかももとのまま」と叫ぶと、赤の女王が「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」と答える。
進化論では、種や個体が生き残るには、常に進化し続けなければならない、と言う。人をはじめ多くの生物は、病原体等から常に命を脅かされている。これに対し生物は、突然変異で絶えず進化し、変異し続ける病原体に対抗して生き残っている、と説明されている。人と病原体の関係は静的安定状態になく、ダイナミックな平衡状態である。この動的平衡が崩れると人類に悲惨な状況が生じる。今、朝鮮半島が騒がしいが、軍事競争でも似たような状況がある。
私は、消化管間質腫瘍(GIST)という肉腫の治療開発に携わってきた。GISTの多くはKIT遺伝子に突然変異が起こり発生する。この変異したKITキナーゼを持つGISTを、その阻害薬であるイマチニブで治療すると劇的な効果が得られる。この薬は飲み続けなければいけないが、飲み続けると必ずGIST細胞に新たな遺伝子変異が起こり、イマチニブが効かなくなる。この耐性に対してスニチニブという薬がよく効くが、使っているうちにやはり遺伝子変異により耐性が生じる。そして、その次のレゴラフェニブも同じ運命を辿る。これはGISTに限ったことではない。肺癌でも、慢性骨髄性白血病でも同じである。常に新しいものを使い続けなければ命を繋ぐことはできない。が、新しいものをつくってもすぐに効かなくなる。しかも、後になればなるほど、効かなくなるまでの期間は短い。それは抗菌薬と病原菌との闘いにも似ている。生き残るためには、常に変化し続けなければならない。
ビジネスの世界も似たようなことが見られる。1920年代、米国の株価の指標S&P500に入る企業の存続年数は平均67年であった。2013年、この値は15年に短縮した。日本でも最近の企業の平均寿命は23年程度である。社会の変化は激しくなり、変化についていけない企業は生き残れない。
翻って、我々の世界はどうか。新しいアイデアと成果を出し続けないと研究費は取れず、研究もできなくなる。研究者も似たものだ。一所に留まる者は消えていく。
赤の女王の物語はいろいろなところで語られている。