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人生の達人[炉辺閑話]

No.4889 (2018年01月06日発行) P.58

山下明泰 (法政大学生命科学部環境応用化学科教授・第55回日本人工臓器学会大会大会長)

登録日: 2018-01-04

最終更新日: 2017-12-21

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小説を読んで、音楽を聴いて、目頭を熱くした経験は誰にでもあると思う。渾身の思いを込めた作品が、見る者、聞く者の琴線に触れたとき、その思いは共有され、感動は伝播する。名作といわれる作品群は、受け手を感動させる可能性が高いものとして、他の作品群と差別化されているのである。人生を削るようにして創作された作品には、作者の魂が込められており、時空を超えた受け手にもその思いは届く。

偉人の伝記は「どうしてそこまで打ち込めるのか?」と思わせる。以て、日常の反省材料となすべし、であろう。しかし、真剣に打ち込むということが、やりにくくなっているのも事実である。企業では、就業時間に関する厳しい規制がある。残業に苦しむ社員を救うためには然るべき措置であるが、研究開発者が魂を込めた作品(製品?)の開発は、以前に比べてやりにくくなった。このような社会背景のもとに育った大学の若手研究者や学生達の実態は、と言えば、残念ながら、夕方になると実験室がガラガラになっている現状から推して知るべしである。就職活動をしても、給料、休日、勤務地の「新3K」を錦の御旗に、やり甲斐など一切考えない向きもある。発破をかけるつもりで「そんなことでは、出世できないぞ」と説教をすれば、「出世はしたくない」と応え、「長続きしないぞ」と言えば、「転職します」と間髪を入れずに応酬する。教育の片棒を担いでいる身としては、「これで良いのか?」「何かしてやれないか?」と自問自答を繰り返す。

十分に時間をかけて準備した講演が無事終わったとき、「楽しかった」という充実感がある。準備の道程を楽しむこともあるが、多くの場合、楽しめたか否かは、事が終わってから感じることなのである。若い頃お世話になった人生の達人が、「今、人生を楽しんでいる」という。これは、人を感動させるほどに真剣に打ち込んだ経験があって、初めて言えることなのだと思う。

現役として触れ合うことができる10年で、あと何人の学生にこのことを伝えることができるだろうか?

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