2002年4月の朝日新聞朝刊「私の視点」に、金沢大学医学部附属病院長であられた河崎一夫先生は「医学を選んだ君に問う」という、衝撃的で印象的な論説を提示された。峻烈な内容であり、当時、京都府立医科大学解剖学教室の助教授であった私は大きな衝撃を受けた。眼科医として豊かな経験を有し、また、国立大学の医学部附属病院長であった河崎先生の問いはきわめて重いと感じた。「君自身が医学を好むか嫌いかを度外視して、医学を専攻した事実を受容しなければならない」「医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす」「医学生によく学び、よく遊びは許されない。医学生はよく学び、よく学びしかないと覚悟せねばならない」等々、直球の正論であり、しばしその文章から目を離すことができなかった。以来、この論説を常に身近に置き、自らにも問い続けている。
私は神経解剖学という基礎医学の研究者であり、患者を診察することはないが、河崎先生の問いは、そんな基礎医学研究者の我々にも違和感なく受け入れられ、そして、考えるべき課題を示してくれている。医学、医療は日々進歩しており、新しい治療法や研究もどんどん紹介され、その現場はどんどんと変化している。今後もAIやロボットなどの導入も進み、さらなる変化を遂げるであろうと思う。しかし、如何に取り巻く環境が変化しても、医学を学ぶものにとって、この河崎先生の問いは常に考えるべきものであり、この問いを次代に伝えるべきものと思っている。
私は進級試験時に全学生に口頭試問を行っているが、その試問時に「君たちのこれからの長い医療者としての人生のお守りだよ」と言って、河崎先生の論説のコピーを渡している。彼らがこの問いに真摯に向かい、謙虚に役割を果たし、社会に尽くす医師に成長してほしい、といつも願っている。「医学を選んだ君に問う」、それは多くの医学生自身が幸せで充実した医師としての人生を歩むための、また、歩んでほしいための問いである。