循環器領域における高齢化問題のひとつは心房細動である。75歳以上の心房細動罹患率は男女共に25%以上で、脳梗塞や心不全の原因となっている。
心房細動の原因仮説は、オランダの実験生理学者M. Allessieが1985年に唱えた「複数リエントリー説」が最初である。米国の心臓外科医James Cox教授が上記仮説を根拠に左右心房、心房中隔を迷路のように切って再縫合するメイズ手術を1991年に報告し、米国、日本でメイズ手術が広まった。筆者も当初メイズ手術を行ったが、手術の煩雑さと出血の多さに術式改良の必要性を感じた。
僧帽弁疾患に付随した慢性心房細動ばかりを手術していたので、1993年から左房後壁に心房細動の原因があると仮説を立てて、左房後壁のみを隔離する簡易な心房細動手術に変更した。心房細動の除細動率は左房のみの簡易手術とメイズ手術は同じで、自分の仮説が正しいと確信し、1996年に米国胸部外科学会雑誌に報告した。翌年、同手術の中期成績報告を同雑誌にした。この2つの論文は賛否両論の議論を世界中に巻き起こしたが、1998年フランスのM. Haissaguierreが肺静脈からの異所性興奮が心房細動を起こしていることを発見した。それ以後、心房細動は肺静脈とその周辺を標的にしたカテーテルアブレーションで治療できるようになり、全世界にカテーテルアブレーションが広まった。
2006年、日本心臓血管外科学会にJames Cox先生が招聘され、メイズ手術とその遠隔成績に関する講演を2つ行った。自分の仮説が正しかったことに自信を深めていた私は、Cox先生に「心房細動の複数リエントリー説は間違っており、メイズ手術も不要な切開をする間違った手術である」と聴衆の面前で罵倒した。大人げないことを言ったと後悔し、日本の心臓外科の重鎮からは、末田は失礼な奴だ、というレッテルを張られた。
2014年の米国胸部外科学会に参加した折に、Cox先生と懇親会でじっくり話し合う機会があった。過日の失礼な言動を謝るとともに、Cox先生が最初にメイズ手術を行った勇気を称賛したところ、Cox先生が「実は、お前の言ってることが正しいのかも知れないと自分も思っていた」と言質を頂き、2人は一気に仲良くなった。米国の権威に媚びない姿勢と謙虚さの重要性を感じた一幕だった。