認知症はもはやコモンディジーズと言ってよいほど患者数が増えている。筆者は法人内に定員18名の認知症対応型グループホーム,定員12名の認知症単独型デイサービスを構え,また常時20~30名程度の在宅認知症患者(通院&訪問診療)および,5名程度の認知症を合併しているがん終末期患者を担当している。
プライマリケア医の診療現場では,末期がんと並んで治療方針とコミュニケーションに苦慮するのが認知症であろう。この2つは多くの医師がコミュニケーションで困惑する慢性疾患の双璧とも言える。当然ながら,認知症患者とのコミュニケーションには,どのような認知症患者ともうまくいく「万能マニュアル」はない。ある対応方法が患者Aに対してうまくいったからといって,それが患者Bに対してもうまくいくという保証がないことを実感している医師がほとんどであろう。唯一の現実的な対応方法は,基本的なコミュニケーションの知識と技術を身につけた上で,一人ひとり反応が異なることを前提として,その人が好む対応方法を推測しながら,トライアルアンドエラーすることである。
本連載では筆者の臨床経験に基づきながら,主にバリデーションとユマニチュード技法に準拠し,適宜他の成書を参照している。
筆者はかつて認知症治療の成書を渉猟してみたが,内容のほとんどが診断・病態・治療の詳述であり,コミュニケーション法についての知見はほとんど得られなかった。そのため,介護系の成書や講演会を参考に臨床面接を行っている。患者とのコミュニケーションがスムーズになると,医師にとって以下のようなメリットがある。
認知症診療の現場では,医師はしばしば患者自身との直接会話をあきらめ,専ら家族に状況を聴取することが多い。一方,抗認知症薬や周辺症状改善薬は一定の確率で副作用が出現する。たとえば,コリンエステラーゼ阻害薬にみられる消化器症状(食欲がない,吐き気がする)などは家族や介護者が把握していない場合もあるので,患者に直接聞くことができれば有用な診療情報となる。
認知症になっても「感情記憶」は比較的保たれる1)。幾度か親密な臨床面接を行っていくうちに,患者が自分のことをかかりつけの医師であると認識してくれるようになり,診療がより容易となる。認知症患者の多くは周囲から存在を無視されがちで,話しかけられることが少ないため,親密なコミュニケーションは彼らにとっても大きな励ましや勇気づけになっているように見受けられる。
上記の結果,信頼関係を保ちやすくなり,「あの先生の処方した薬だから」とアドヒアランスの改善も見込める。また,受診に連れて来られることに対する抵抗感も改善することが期待できる。
ピック病や易怒性の高い状態にあるアルツハイマー型認知症を除いて,多くの認知症患者は実に素直な感情応答をする。その笑顔は明るく人間味豊かであり,認知症患者が豊かな感情を失っていないことを知ることを通じて医師自身が大いに励まされ元気になる。そして,認知症診療が苦痛ではなくなり,むしろ楽しいものになる。
地域の多くの認知症患者を医療的側面から支えることを通じて,行き場のない「認知症難民」を可能な限り減らしていくことができる。
現状では,グループホームや特別養護老人ホームに居住している認知症患者の8~9割が女性である。男性の認知症患者は扱いが難しいため,精神病院や介護老人保健施設の認知症専門床に収容されている可能性が高い。当グループホームにも元開業医が入所していたが,突然暴力をふるうとのことから,介護老人保健施設に移さざるをえなかった。医師であっても,認知症になれば不自由さの辛酸を嘗めるリスクが高い。今のうちに認知症におけるコミュニケーションを穏やかで温かい方法に替えておけば,そして,それを自分の周辺の医療・介護の世界に広げておけば,無用な周辺症状をまねくことが減る。そうすることで,私たちが,将来認知症になった際に受けるコミュニケーションによって無用にプライドを傷つけられ激高し,扱いにくい認知症患者として隔離されることを予防できるかもしれない。
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本稿で述べている内容は,主にバリデーションとユマニチュードという2つのコミュニケーション技法に基づいている。大仰な,と感じる諸氏もおられることは重々承知しているが,我々が新米医師のときに先輩医師から時に諭された「医者・役者・芸者」の精神に基づいて「役者」を演ずれば成果大となる可能性が高い。
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