◉高齢者肺炎や誤嚥性肺炎は総じて「終末期の肺炎」と考え,多職種による包括的介入を行う。
◉終末期の肺炎こそ医療従事者の知識と技術で診療に大きな差が出る。
◉肺炎の原因を診断することで治療や症状緩和,予防につながる。
◉抗菌薬治療において嫌気性菌カバーは必須ではない。
◉絶食が必要な症例はほとんどない。
◉意思決定支援では「病の軌跡」を想定し,患者さん本人の意向を尊重する。
「終末期の肺炎」と言われると,どのような印象を持たれるであろうか。終末期医療に関するガイドラインでは,「終末期」とは,以下の3つの条件を満たす場合とされている1)。
1. 複数の医師が客観的な情報をもとに,治療により病気の回復が期待できないと判断すること
2. 患者さんが意識や判断力を失った場合を除き,患者さん・ご家族・医師・看護師等の関係者が納得すること
3. 患者さん・ご家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること
2018年にはこれが改訂され,最期まで本人の生き方(=人生)を尊重し,医療・ケアの提供について検討することが重要であることから,「終末期医療」から「人生の最終段階における医療」へと名称変更が行われた2)。
特に注釈の次の記載は重要と考えられる。「人生の最終段階には,がんの末期のように,予後が数日から長くとも2〜3カ月と予測ができる場合,慢性疾患の急性増悪を繰り返し予後不良に陥る場合,脳血管疾患の後遺症や老衰など数カ月から数年にかけ死を迎える場合があります。どのような状態が人生の最終段階かは,本人の状態をふまえて,医療・ケアチームの適切かつ妥当な判断によるべき事柄です」。つまり,終末期の示す期間は定まったものではなく,病状によって異なるわけである。
実際に,肺炎においては,敗血症性ショックや侵襲性肺炎球菌感染症のように急激な経過をたどり数日単位で死に至ることもあれば,重度の肺炎がなかなか治癒せず併発疾患に伴い衰弱し数週間から数カ月で亡くなることや,基礎疾患の進行により誤嚥性肺炎を繰り返しながら,年単位で死を迎えることもある。まさに近年のガイドラインの方向性が示すように,終末期の肺炎は数日から数年まで幅広い個別性を含んでいる。そして,目の前の患者さんがどの経過をたどるのかを予測することが,想像以上に難しい。「終末期の肺炎」の特殊性はここにあると筆者は考える。
また,緩和ケア領域では,医療従事者が「この患者さんが1年以内に死亡するとしたら驚くか?」という問いに対して,「驚かない」場合に,終末期を想定してアドバンス・ケア・プランニングを始めることを推奨している。後に述べるが,高齢者では肺炎罹患から1年後に生存しているのは半数前後と報告されている。
そこで,高齢者肺炎や重症肺炎の診療においては,終末期医療の観点を広くもって診療するのが丁寧であると考えられる。これは決して治療を差し控えるという意味合いではなく,本人の意向や経過を意識した,本人に最も適した治療が行われるようにするためである。本特集ではこうした広い意味での終末期の肺炎について取り扱うこととする。
終末期の肺炎や誤嚥性肺炎では再発を繰り返し,経過が予測しづらいと悩む医療従事者が少なくない。そこで,illness trajectoryという概念でとらえることをお勧めしている。これは,「病(やまい)の軌跡」とも呼ばれているように,病状による機能の変化を,発症から死に至るまで可視化する概念である3)。
たとえば交通事故や急性大動脈解離などによる突然死では,死亡する直前まで機能が保たれている。がんでは,死亡する数日~数週間前までは食事や歩行などができており,死が近づくと急な経過で機能が低下する。心不全,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)や間質性肺炎などの呼吸不全,腎不全などでは急性増悪と回復を繰り返しながら,いずれ急性増悪に伴い死に至る。老衰では年単位で徐々に機能が低下していく。これはあくまでも典型例であるが,目の前の患者さんの予後を推測し,「病の軌跡」を意識して,患者さんの現在地とこれから迎える経過を想定することで,その患者さんに個別化した管理計画や意思決定支援が可能になる。
では,肺炎の軌跡はどのようになるであろうか。一般化しづらいのが肺炎の終末期の難しいところである。しかし,終末期を迎える肺炎のほとんどは高齢者であること,また高齢者肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎であることを考えると,終末期の肺炎の一般像は繰り返す誤嚥性肺炎ということになる。終末期の肺炎の軌跡をあえて一般化すると,下図のようになると筆者は考えている(図1)。
基礎疾患や加齢に伴い,肺炎を発症する前から,呼吸機能や身体機能,免疫能,嚥下機能などが水面下で低下しはじめている。肺炎に罹患後,比較的速やかに回復はするものの,病前の状態には届かず,機能が低下する。その後も徐々に機能が低下し,2度目の肺炎に罹患すると回復により時間を要する。以後,肺炎を繰り返しながら衰弱していくのが,一般診療で出会うことの多い「終末期の肺炎」の軌跡なのではないかと思う。
終末期であることをより早期に認識できると,その患者さんにより適切な介入ができるようになる。では,どのようにすると終末期であることを認識できるか。これには,長期予後に関するデータが参考になる。地域や対象症例によりデータは様々であるが,肺炎で入院を要した75歳以上の症例の生存中央値は非誤嚥性肺炎で274日,誤嚥性肺炎で62日であったことを我々は報告している4)。予後予測のための指標など,詳細は後述する「3-4 予後予測」の項目を参照頂きたい。高齢や基礎疾患によりフレイル状態にある患者さんの肺炎,また誤嚥性肺炎では,1年以内に死亡しても不思議ではないのである。こうした患者さんは終末期であるということを認識し,多職種で共有することが,その患者さんに適切な診療を行うための第一歩となる(図2)。