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【私の1曲】風に立つライオン

No.4929 (2018年10月13日発行) P.67

川原尚行 (NPO法人ロシナンテス理事長)

登録日: 2018-10-09

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さだまさしの楽曲。ケニアで国際医療活動に従事した医師・柴田紘一郎をモデルに作られた。さだ自身によって小説化され、2015年には映画化された。写真は映画のサウンドトラック

アフリカに生きる

彼女が「素晴らしいよね」とハンドルを持つ私に呟いたが、碧色の海が気になり、その曲を特別な思いもなくただ聴いていた。

時は流れ、彼女が妻そして二児の母となり、私の仕事のためにアフリカに3年半滞在した。家族とともに見たキリマンジャロの白い頂、夕暮れ時のゾウのシルエット、それにライオンの姿は心に深く刻み込まれている。

その後赴任したスーダンは内戦中で、国中が疲弊していた。病んでいる人を目の前にして、外務省を辞して支援活動をしようと決意した。我が国はスーダンへの支援を欧米諸国と足並みをそろえて停止していたのだ。妻と12歳、10歳、3歳の子供を日本に連れ帰り、仲間とともに再びスーダンに戻り、医療支援を行うNGOロシナンテスを設立した。

内戦終結後、独立した南スーダンで部族間抗争が勃発。現在ハルツームを舞台として和平交渉中と激動する情勢の中、スーダンでの医療支援活動を継続させている。

医療支援を始めて間もない頃、仲間から薦められた曲があった。妻が素晴らしいねと言った曲である。日本の海辺で聞き流した曲が、アフリカの地で聴くとまるで違った。ここで出会う人たちの輝く瞳、また家族と見たサファリの光景が目の前に広がり、日本にいる妻と三人の子供を思い出し、止めどなく涙が溢れてきた。

なんども聴いているうちに、最後の歌詞は私の現状とは違うなと、涙は止まった。私は妻に感謝はしているが、さよならは言ってない。

この曲が映画化されて、帰国時に妻と一緒に見た。鑑賞後の妻からの言葉は「死なないで」。

私はアフリカで、日本という故郷と家族を胸に抱き、生き続けようと心に決めている。

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