(秋田県 F)
【股関節周囲の軟部組織損傷の可能性】
上記所見のすべてを一元的に説明するとすれば,以下のような病態が考えられると思います。
まず,左足関節の捻挫受傷時に股関節周囲の軟部組織を損傷した可能性があります。軟部組織の損傷であれば,単純X線写真での診断は難しく, MRIでも鑑別できない場合があります。股関節の内外旋動作での疼痛は股関節疾患においてはよくある症状のひとつですが,特定の疾患に対する特異性は低いと思います。
腸腰筋の筋力低下は,腰椎椎間板ヘルニアなどによる神経障害による麻痺症状も否定できませんが,腸腰筋の障害を示唆する所見であると考えられます。腸腰筋が原因となる股関節の痛みとしては,腸腰筋による弾発股やインピンジメントが鑑別に挙がります。
ただし,腸腰筋のインピンジメントは人工股関節置換術後にみられることがありますが,捻挫程度ではあまりみることがありません。「こすれて外れそうになる感じ」という訴えも,弾発股を思わせるものだと思います。と言っても,腸腰筋による弾発股であると思い込むと(認知的固着:cognitive fixation),他の疾患を見落とす可能性があるので注意が必要です。
関節唇損傷も念頭に置くべき疾患です。関節唇損傷の場合,通常のMRIではなく,放射状MRI(造影)を撮像しなければ診断できない場合もあります。股関節捻挫による受傷もありえますし,内外旋動作で疼痛が誘発される場合もあります。腸腰筋の筋力低下は,股関節部位の疼痛があれば十分にありうる症状でもあります。
本症例では腸腰筋による弾発股が疑われますので,圧痛部位への(エコーガイド下)ブロックでの除痛の有無を確認するべきだと思います。
関節唇損傷(関節内疾患)との鑑別が困難な場合,股関節ブロック(局所麻酔薬の関節内注射)での鑑別が最もシンプルで診断精度も高いので,実施するべきです。
ほかには,ボーダーラインの発育性股関節形成不全症による初期変形性股関節症,仙腸関節障害,大腿骨寛骨臼インピンジメント(femoroacetabular impingement:FAI),中・小殿筋損傷,腰椎椎間板ヘルニア,鼠径ヘルニアなどが鑑別に挙げられます。
腸腰筋による弾発股であれば,局所へのステロイド注射,ストレッチなどの理学療法を行うことが第一選択となります。難治症例では観血的治療が行われる場合もあります。
関節唇損傷の場合,関節内の炎症が強い場合は,関節内へのステロイド注射が選択されますし,痛みがある程度落ち着いたら筋力訓練などの理学療法が行われます。関節唇損傷も難治例では鏡視下での関節唇修復・部分切除などの観血的治療が適応となります。いずれにしても,保存的治療に抵抗する場合は専門医への紹介が勧められます。
【参考】
▶ 日本整形外科学会, 他, 監:変形性股関節症診療ガイドライン2016. 改訂第2版. 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 他, 編, 南江堂, 2016.
【回答者】
園畑素樹 佐賀大学医学部整形外科准教授
馬渡正明 佐賀大学医学部整形外科教授