空間的・時間的多発を特徴とする中枢神経系自己免疫性疾患である。欧米と比較してわが国の有病率は低いが,近年,増加している。若年成人,特に女性の比率が高い。遺伝的要因と環境的要因が関与する多因子疾患である。最も強い疾患感受性遺伝子はHLA-DRB1*15:01である。伝染性単核球症の既往,喫煙歴,ビタミンD,緯度などの環境的要因が想定されている。中枢神経の髄鞘を標的とした自己免疫応答が原因であるが,詳細な標的自己抗原分子は明らかにされていない。再発寛解期には獲得免疫系による急性炎症性脱髄,進行期には自然免疫系による神経軸索変性が主要な病態である。
約80%は空間的・時間的多発を特徴とする再発寛解型である。その他は,再発寛解の後,再発とは関係なく症状が進行する二次進行型と,当初から再発がない一次進行型である。
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)に疾患特異的診断マーカーはない。中枢神経における炎症性脱髄病変の時間的多発(dissemination in time:DIT)と空間的多発(dissemination in space:DIS)を証明し,他の疾患(視神経脊髄炎,神経サルコイドーシスなど)を除外した後,診断する。具体的にはMcDonald診断基準(2010年)を一部改変した診断基準(2015年 厚生労働省エビデンス班)1)を用いて診断する。
視神経症状(視力異常,視野異常,眼球運動時痛など),大脳半球症状(筋力低下,異常感覚,うつ,疲労感,認知機能障害など),小脳症状,脳幹症状(三叉神経痛,両側内側縦束症候群など),脊髄症状(筋力低下,異常感覚,排尿障害など)を認める。
ウートフ現象(体温上昇による発作性神経症状悪化),レルミット徴候(頸部の前屈による背中への電撃痛放散)や強直性攣縮発作(刺激による手指や下肢への放散痛)を伴うことがある。
①血液検査:MSに疾患特異的診断マーカーはない。各種疾患を除外するための血液検査(AQP4抗体など)を行う。治療法の選択にあたっては,進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)の発症リスク評価のため,抗JC(John Cunningham)ウイルス抗体の測定は有用である。
フィンゴリモド導入前には帯状疱疹の重症化を防ぐため,抗水痘・帯状疱疹ウイルス抗体を測定する。免疫抑制療法を行う際には,B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)再活性化のリスク評価のためにHBV感染をスクリーニングする。インターフェロンβ(IFNβ)やナタリズマブ治療に関して,その中和抗体が治療反応性(治療無効)の指標になることがある。
②脳脊髄液検査:診断に有用なオリゴクローナルIgGバンド(等電点電気泳動法), 疾患活動性評価に有用なIgGインデックス,活動性脱髄の存在診断に有用なミエリン塩基性蛋白(myelin basic protein:MBP)などの検査所見を参考にする。治療中に有害事象PMLが疑われた場合,JCウイルス DNA検査を行う。
③画像検査:頭部・脊髄MRI検査により,病変の分布,数,質,造影の有無を判断し,MSに矛盾しない病変と,DIT・DISを証明する。大脳白質の卵円形病変(ovoid lesion),中心静脈病変(central vein),皮質側が開いたopen-ring造影病変は,MSに比較的特徴的な画像所見である。
④その他:視覚誘発電位,体性感覚誘発電位,視力検査,視野検査,眼底検査,光干渉断層計,中心フリッカー測定を行う。
残り2,505文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する