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多紀元堅(1)[連載小説「群星光芒」193]

No.4780 (2015年12月05日発行) P.72

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-01

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  • 長柄の権門駕籠は四つ辻の前で不意に止まった。

    「片寄れェー、片寄れェー」

    と大名行列の先触れがきこえたからだ。

    「先方が通り過ぎるのを待ちますか?」

    用人の間 了尽が駕籠の脇から身を屈めて奥医師の多紀元堅に訊いた。

    「行列の旗印はなんだ?」

    元堅は駕籠の引き戸を半開きにして訊き返した。

    「伊予(愛媛県)新谷藩の家紋《陰蛇の眼》にございます」

    了尽が答えると、元堅は目を怒らせ、

    「新谷藩1万石だな。藩主の加藤泰儔は宇和島藩の伊達宗城に気脈を通じる蘭学かぶれだ」

    そういって了尽に向かい顎をしゃくった。

    「構わん、相手の供先を横切って、小癪な外様大名を出し抜いてやれ!」

    新谷藩の行列は四つ辻の間近に迫った。

    「行列の供先を突っ切れ!」

    了尽に命じられた陸尺たちは長柄を担いで動きだす。

    傘持ち、薬箱持ち、挾箱持ち、袋杖持ち、草履取り、それに唐犬を連れた犬守りを従えた総勢11人の供回りが後につづく。

    たちまち双方の先頭は四つ辻の真ん中でぶつかりそうになった。

    「無礼者め、下りおろう!」

    新谷藩の旗持ちが怒鳴った。

    その大喝に元堅の駕籠は揺らぐように止まった。

    小藩といえども新谷藩は気概に富む。

    藩主の嗣子を乗せた駕籠に従う旗持ち、毛槍持ち、馬印持ち、供侍と合わせて三十数人の行列が、辻の真ん中で奥医師の一行と睨み合った。

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