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多紀元堅(7)[連載小説「群星光芒」199]

No.4787 (2016年01月23日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-27

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  • 備後福山藩主の阿部正弘は25歳の若さで老中に昇進した俊英である。老中首座に就いた現在は洋学にも肩入れしていて多紀元堅にとっては最大の難物だった。

    江戸城本丸の老中御用部屋で阿部正弘と対座した元堅は、身を乗り出すようにして用件を切り出した。

    「ご承知のごとく近年、異端の徒輩が究理と称して凡俗を惑わし、市中の民に蛮薬を投薬いたしております。蛮薬はわが民の体質と風土になじまず、かえって病状を悪化させるのは論をまちませぬ」

    そういって元堅は阿部正弘の色白でふっくらとした面貌を窺った。

    「わけても憂うべくは蘭方医が牛の植え疱瘡なる剣呑な蘭療を広めんと策していることでございます。疱瘡が蕃夷より伝播するのは明らかであり、英邁なる大猷院様(3代将軍家光)が鎖国を国是とされて以来久しく絶えておりました。しかるに近年再び蕃夷が近海にあらわれるにいたって流行頻りでございます。くわえて医匪どもの植え疱瘡にて幼気なき児に疱瘡を発症させるのは天に唾する悪行でございます。あまつさえ官医も新奇を衒う風潮に踊らされ、漢方をないがしろにして蘭方に迎合する始末でございます」

    元堅は阿部老中ににじり寄るようにして告げた。

    「人命は千金よりも尊いゆえ、命を救う方術は千金を以てしても贖い難いと申します。植え疱瘡のごとき人命を損なう蘭療は医学館督事として到底見逃すわけにはまいりませぬ。この憂うべき事態は大事にいたるる前に断固取り締まらねば、上様のご威光さえ損ないかねませぬ」

    正弘侯は表情を変えることなく黙ってきいている。

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