コレラと赤痢(本稿では「細菌性赤痢」を指す)はともに熱帯の途上国を中心として流行する細菌腸管感染性下痢症の代表格である。世界ではコレラの年間の患者数は286万人,死者は10万人1),赤痢で患者数269万人,死者は21万人と推定されている2)。わが国においてはコレラは近年まで年間数件の輸入例の報告があったが,ここ数年は報告がない。赤痢は輸入例と国内例をあわせ,現在でも年間数十件の報告がある。両者とも感染症法の3類感染症に分類され,飲食業務への就業が制限される。
コレラはコレラ菌Vibrio cholerae血清型O1あるいはO139が原因菌である。経口摂取され,小腸に定着したコレラ菌が産生するコレラ毒素が上皮細胞のイオン透過性を撹乱し,分泌性の水様下痢を引き起こす。赤痢は赤痢菌Shigella属の4菌種,S. flexneri,S. sonnei,S. dysenteriae,S. boydii,が原因菌であり,世界ではこの順での分離が多いが,国内ではS. sonneiが優勢である。経口摂取された菌が大腸上皮細胞に侵入した後,隣接細胞への侵入を繰り返し,細胞の壊死や脱落を誘発することによる血性下痢,すなわち赤痢を引き起こす。さらにS. dysenteriaeは志賀毒素(腸管出血性大腸菌O157と同じ毒素)を産生し,腎臓や脳などに重篤症状を起こすことがある。