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【緊急寄稿】SARS-CoV-2とインフルエンザ同時流行に備えて(菅谷憲夫)

No.5021 (2020年07月18日発行) P.36

菅谷憲夫 (慶應義塾大学医学部客員教授,WHO重症インフルエンザガイドライン委員)

登録日: 2020-07-08

最終更新日: 2020-07-08

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今,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の第2波対策が,日本の,そして世界のトピックとなっている。秋か冬に来ると言われてきた第2波は,既にその予兆が見られ,東京都でも連日,100人以上の患者が発生している(7月7日時点)。日本での第2波は,英国,フランスあるいは米国のような激甚な流行となる危険もある。英国では今までに,約4万5000人が死亡したが,それを人口で換算すると,日本では9万人もの死亡者が出ることになる1)

抗体保有率は,激しい流行に見舞われた米国・ニューヨーク,英国・ロンドンでも15%前後であり,集団免疫が期待される60%には程遠い。東京都ではその100分の1以下のわずか0.1%に過ぎない。日本人にほとんど免疫がない点も,第2波の影響が懸念される理由の一つである。結局,日本の第1波流行は,抗体保有率で見ても,人口当たりの死亡者数から見ても,欧米の100分の1程度の小規模な流行であったが,これからの第2波では,欧米で起きたことは日本でも起こりうるという前提が必要である。

2002年から世界で約8000人の患者数を記録した重症急性呼吸器症候群(SARS)は,1年後,人の世界から消滅した。しかし,SARS-CoV-2は,その1000倍を超える1000万人以上の患者数となっており,これが消え去ることはありえない。有効なワクチン,抗ウイルス薬の開発がなければ,第2波,第3波と流行は続くと考えられる。

1.    予測される大規模なインフルエンザ流行

2019/20年シーズンの日本のインフルエンザ流行は,例年よりも数週早く,11月中に各地で注意報が出て,大きな流行が懸念されたが,結局,A型のH1N1pdm09による流行のみで,2020年1月には終息した。患者数は約700万人で,小規模の流行であった。しかし今シーズンは,A/香港型(H3N2)とB型インフルエンザによる,1000万人規模の混合流行になる可能性が高く,2000〜3000例のインフルエンザの死亡も発生すると考えられる。

2.    SARS-CoV-2とインフルエンザの同時流行

(1)日本の優れたインフルエンザ検査治療体制

今季は大規模なインフルエンザの流行が予測され,SARS-CoV-2との同時流行となる可能性がある。日本では,迅速診断と抗インフルエンザ薬による早期診療体制が確立しているので,インフルエンザ流行のインパクトが余り感じられないが,欧米では迅速診断は普及せず,抗インフルエンザ薬の早期投与も実施されていないので,インフルエンザ流行が起きれば,多数の入院患者が発生して,ICUがインフルエンザ患者で満床となる。そこに,SARS-CoV-2の入院患者が重なれば,病院に患者を収容できないという最悪の事態が発生することになる。そのため欧米では日本以上に同時流行に警戒している。日本は同時流行に際して,インフルエンザの制圧には圧倒的に有利である。

(2)SARS-CoV-2の除外診断は必要

今季,インフルエンザ流行が起きれば,例年のように多数のインフルエンザ様疾患(influenza-like illness:ILI)患者が病院やクリニックを受診するが,その中に一定の割合で,SARS-CoV-2患者が含まれると考えられるので,SARS-CoV-2を除外するためのウイルス診断(RT-PCRか抗原検査)は必要である。

ILI患者の中にどの程度,SARS-CoV-2患者が含まれるかは,流行状況により異なるが,予測される1000万人のインフルエンザ患者に対して,2万人(日本の第1波患者数)〜56万人(英国の第1波患者数約28万人から人口で換算)のSARS-CoV-2患者が出現すると考えられる。SARS-CoV-2は,下痢や無嗅覚症の頻度が高いことなど,インフルエンザとの症状の差は報告されているが,臨床症状のみでインフルエンザとの鑑別は出来ない2)。同時流行が起きた場合,両ウイルスの検査を実施することが原則である。

(3)SARS-CoV-2とインフルエンザの感染様式

両ウイルスの感染様式は同じ飛沫感染と接触感染であるが,実際には大きな違いがある。SARS-CoV-2では,無症状患者が高頻度に存在する。中国・武漢から特別機で帰国した日本人の30%が無症状患者であった3)。重要なことは,無症状であっても気道のウイルス量は多く,強い感染力を持つ点である。SARS-CoV-2では,感染者のかなりの部分が無症状であるために,症状から感染者を診断,隔離することは困難である。

SARS-CoV-2の有症状患者では,発症3日前の潜伏期から感染力があり,発症1日前に気道のウイルス量は最大となる。これをpre-symptomatic infectionというが4),無症状患者と同様に重大な感染源となる。

一方,インフルエンザでも無症状患者が多いという報告もあるが3),感染源としての重要性は低いと思われる。発症1日前から気道にウイルスが存在するが,ウイルス量は少なく感染力は弱い。発症後も1日目にはウイルス量は少なく,迅速診断が陰性となることも知られている。発症2日目になると気道のウイルス量は増加し,迅速診断も陽性化する。したがって,インフルエンザは原則として,発熱を指標に診断,患者隔離が可能である。

(4)インフルエンザ迅速診断は必要か

日本では,SARS-CoV-2が流行する中で,インフルエンザ迅速診断を従来通り実施すべきか否かが,検体採取時の飛沫感染防止の観点から議論となっている。ILI患者がSARS-CoV-2であった場合を懸念しているのである。欧米では,インフルエンザ迅速診断はしていないので,日本のような議論はない。世界保健機関(WHO)のインフルエンザ専門家の間では,高齢者などハイリスクのILI患者が受診したら検査はせず,オセルタミビル治療をただちに開始すべきという意見が多い。これは,インフルエンザの早期治療を勧奨するためと,欧米では受診日がインフルエンザ発症4〜5日後の場合が多く,迅速診断キットの感度が低下するからである5)。しかし日本では,発症後ただちに受診するので,成人や高齢者でも90%以上の感度があることが,最近,報告された6)

3.    欧米が先行するSARS-CoV-2検査体制

SARS-CoV-2のRT-PCR検査は,欧米では“test, test, test”と言われ積極的であり,同時流行になれば,ILI患者には積極的にSARS-CoV-2の検査をすると思われる。優れたインフルエンザ検査治療体制を持つ日本であるが,残念ながら,SARS-CoV-2の検査体制の現状は,先進諸国の中では最も遅れている。もし,SARS-CoV-2の検査も実施せず,検体採取の不安からインフルエンザ診療が十分に出来ないことになれば,日本ではSARS-CoV-2が蔓延した上,多数のインフルエンザ重症患者が発生する危険がある。

4.    SARS-CoV-2がインフルエンザに干渉したか

2019/20シーズンのインフルエンザが小規模流行に終わったことについて,日本のマスコミでは,SARS-CoV-2感染を心配して,国民がマスク着用,手洗いに努めたことの影響と報道したが,実は日本だけでなく北半球の多くの国でインフルエンザ流行がSARS-CoV-2出現とともに終息した。そこで世界には,SARS-CoV-2の出現がインフルエンザウイルスに干渉し,流行を止めたのではないかという説も出ている。Bruno Linaらは, “SARS-CoV-2 is chasing the other viruses(SARS-CoV-2が他のウイルスを追い払った)”という表現で,インフルエンザやRSウイルスの流行が干渉された可能性を示した (https://vimeo.com/432055343)。秋のRSウイルスの流行が,冬になりインフルエンザが出現すると,その干渉を受けて終息することは,しばしば観察されてきた7)

同時流行か干渉かは,7月から9月までが南半球のインフルエンザ・シーズンとなるので,SARS-CoV-2が大流行している南米で,果たしてインフルエンザが流行するのか,流行した場合,SARS -CoV-2の流行が抑えられるのかは,大いに注目されている。

5.    インフルエンザ対策はSARS-CoV-2対策の一環

今季は,SARS-CoV-2とインフルエンザとの同時流行に備えるのは,世界のコンセンサスである。インフルエンザワクチン接種の徹底も,また世界のコンセンサスである。インフルエンザワクチンの発病防止,入院防止効果は,わが国でも確認されている8)9)。最低限,医療従事者と高齢者などハイリスク群の接種は,緊急対策として全例に実施すべきである。ただし,ワクチン製造過程で鶏卵内で抗原変異が生じるため,流行が予測されるA/香港型(H3N2)に対して,ワクチン効果は低い。

今季は,徹底したインフルエンザの早期診断,早期治療が望まれる。ILI患者を診察する場合には以下の対応が必要となる。

①ILI患者の中に,数%のSARS-CoV-2患者が含まれる可能性があるので,SARS-CoV-2の検査(RT-PCRか抗原検査キット)を実施することが重要である。

②検査陽性であれば,SARS-CoV-2として,入院隔離が必要となる。

③検査陰性であれば,インフルエンザ迅速診断を実施し,陽性であれば,抗インフルエンザ薬の投与を開始する。欧米のように,インフルエンザ迅速診断をしないで,オセルタミビルなどの治療を開始することは,高齢者などハイリスク群では考慮しても良い。

④SARS-CoV-2とインフルエンザとの同時感染例の頻度は,報告により様々である。1%未満との報告もあるが10),武漢からの報告では,50%以上のSARS-CoV-2症例にインフルエンザとの同時感染が証明された11)。インフルエンザ流行期には,同時感染例が増加するのかもしれない。メタアナリシスによると,SARS-CoV-2では細菌感染合併は7%,RSウイルスやインフルエンザなどウイルス感染との合併は3%と報告されている12)

6.    おわりに

今季のインフルエンザ対策は,SARS-CoV-2対策の一環と考えるべきである。広汎なワクチン接種と早期の診断治療により,インフルエンザ被害を最小にすることが求められる。SARS-CoV-2対策としては,ワクチンも治療薬もないが,早期の診断を徹底することが最重要となる。肺炎患者のみならず,無症状患者も見つけ出し,入院隔離し,SARS-CoV-2の感染拡大を抑え,特に高齢者への感染を防ぐことが目標となる。

【文献】

1)    Johns Hopkins University. [Available from:https://www.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6]

2)    Zayet S, et al:Microbes Infect. 2020;S1286-4579(20)30094-0.

3)    Gao Z, et al:J Microbiol Immunol Infect. 2020 May 15.

4)    Gandhi M, et al:N Engl J Med. 2020;382(22):2158-60.

5)    Merckx J, et al:Ann Intern Med. 2017;167(6):394-409.

6)    Seki Y, et al:PloS one. 2020;15(5):e0231217.

7)    Sugaya N, et al:J Med Virol. 2000;60(1):102-6.

8)    Sugaya N, et al:Vaccine. 2018;36(8):1063-71.

9)    Seki Y, et al:J Infect Chemother. 2018;24(11):873-80.

10)    Zheng X, et al:J Infect. 2020;S0163-4453(20)30319-4.

11)    Yue H, et al:J Med Virol. 2020;10.1002/jmv.26163.

12)    Lansbury L, et al:J Infect. 2020;S0163-4453(20)30323-6.

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