国立がん研究センターの統計によると、男性のがん罹患数(2017年)として最も多い部位が前立腺で9万1215人です。ちなみに女性は乳房で9万1605人です。
生涯でがんに罹患する確率は男性で65.5%とされ、最も多いのが前立腺癌で10.8%です。前立腺癌は診断されても予後がよいがんとして知られ、部位別相対5年生存率も99.1%とがんの中で最も高いのが特徴です。しかし、2018年には1万2250人が前立腺癌で死亡しており、部位別がん死亡率は決して低くはありません(20.3/10万)。
わが国では、この前立腺癌患者数は増加しつつありますが、先進国でも同様の傾向です。米国でも男性のがんの中で罹患数は1位、死亡数は2位となっています。さて、このように前立腺癌が増えた背景として、高齢化、食生活の欧米化などが知られています。しかし、診断されるようになった背景には腫瘍マーカーの1つである、血清前立腺特異抗原(PSA)検査の普及が大きく関与していると考えられています。すなわち、多くの人がPSA検査を受けて、高値であったことから精密検査を受けるなどして診断されます。
したがって、公表される罹患率は、必ずしも実際に前立腺癌がある人の割合とは一致しません。そこで、著者らは前立腺ラテント癌に注目しました。
前立腺ラテント癌とは、生前、臨床的に前立腺癌の徴候が認められず、死後の解剖により初めて前立腺癌が確認された例、と定義されます。わが国で病理解剖例をもとにした報告では、1960~70年代には、50歳以上の男性の22.5%に前立腺ラテント癌がみつかりました。しかし、1980年代以降には、その割合が34.6%に増えていたそうです。増加の背景として、食生活の欧米化が挙げられていました。
前立腺癌の発生には男性ホルモンが関与していますが、肉類や脂肪類を多く摂ることは、男性ホルモンの働きを促します。一方、大豆や緑黄色野菜は、その働きを抑えるのです。したがって、豆腐、納豆、野菜などが中心の和食から、肉や脂が中心の洋食にシフトすることで、前立腺癌にかかりやすくなったようです。事実、50歳以上の日本在住日本人と、ハワイ在住日本人で前立腺癌の頻度を比較したところ、後者は26.7%と前者の20.5%に比べて高かったとのことです。
病理解剖はがんなどの疾患で入院加療を受け、亡くなった人に対して行われます。したがって、一般の人を対象とする母集団ではありません。すなわち、一般男性のどれくらいが前立腺癌を持っているかという正確な答えを導き出すには適切な対象ではありません。そこで著者らは、法医解剖例を用いて、男性の外因死や内因性急死者(死亡の直前まで普段と同様の日常生活を送っていた人)を対象に、前立腺ラテント癌の頻度を調べました。対象年齢は0~90歳(平均54歳)でしたが、12.7%に前立腺ラテント癌がみつかりました。その頻度は80歳で33.3%と最も高く、70歳では23.6%で、50歳以上ですと18.1%でした。
50歳以上の5.5人に1人に前立腺癌がある、というのが法医解剖例によって導かれた正確な答えです。それでは本当に前立腺癌が増えているのか? 次回にお話し致します。